〈紛争の真の解決にならない判決〉
判決とは、「裁判所が法律に基づいて下す判断や決定」と、手許の国語辞典は解説している。つまり裁判となった場合に、裁判所は法律というマニュアル(手引き)に従って、決着を付けるということになる。法律という秤を使って紛争に決着を付けるということである。裁判所が法律という秤で、紛争に決着を付けたら、それで紛争は本当に解決するのであろうか。民事裁判において、判決で紛争の当事者の一方を勝たせ、他方を負かすことで紛争は本当に解決するのであろうか。
判決が確定すれば、紛争は法律的には一応決着が付いたことになるが、それで本当に紛争は解決したかと問われれば、50年を超えて地方弁護士として、多くの判決をもらった身としては、答えは「NO(ノー)」と言わなければならない。親子、兄弟、夫婦などの最も身近で大事な関係にある者同士の紛争において、勝訴した方は納得しても、敗訴した方は納得できない。判決が確定したら紛争は固定化し、深刻化したまま生涯続くことになる。判決では紛争の真の解決とはならない。
それのみならず、勝訴した方も敗訴した方も裁判という闘争を通して、どんどん相手方に憎悪の念を強く抱くようになり、裁判によってその溝は決定的に深まり、二度と付き合いはしないということになることが多い。判決は、身内同士の紛争に法律というマニュアルに従って一応の決着は付けたが、紛争を深刻化させ固定化させてしまうことになる。判決は紛争に決着は付けても、紛争を真に解決するものではないことは明白である。判決は、真の解決には役立たない。
そもそも法律というマニュアルは、紛争を真に解決させる秤ではない。法律は最低限のルール(規則)であり、法律に従っていれば紛争が発声しないなどというものではない、法律は紛争に一応の決着を付ける秤に過ぎなく、紛争を解決する秤にはなり得ない。私人間の紛争に関する法律などは、当事者間で歩み寄りが出来なくなり、裁判に従って決着を付けなければならなくなった時の裁判官に対するマニュアル、つまり手引きに過ぎない。
この手引きに従っていれば、人間関係が上手くいくなどというものではない。法律は生き方の手引きではない。法律は、生き方については何も教えてくれない。国が国民を裁く上での手引きに過ぎない。刑法は、国民にこれはしてはならず、それに反したら罰するといいうものであり、こういう生き方をすべきであるなどということを教えてはいない。民法だって、こう生きるべきなどということは教えていない。紛争を裁判で決着を付ける際の手引きであり、生き方の手引きではない。
裁判官が法律の規定に従って、決着を付けたとしても、本当に紛争が解決するなどということはあり得ない。勝った方は納得しても、負けた方は納得などできない。紛争に決着を付けるだけに止まり、紛争を解決するものではない。相続に関する紛争で裁判となり、判決が確定した事件は、これまで数多く体験しているが、判決が出たからといって、紛争が真に解決したケースはない。どの場合も親族関係は断絶し、最も身近な関係であるのに冠婚葬祭なども互いに声も掛けなくなるケースばかりであった。
〈関係修復が役割でない法律・裁判所〉
紛争を判決で決着させたら、法律上は一応の決着は付くが、関係修復などとはならない。のみならず、紛争は判決前より深刻化し、その状況は固定化し、生涯続くことになる。判決は関係を悪化させる。それでも紛争に一応の決着が付いたのだから、可とすべきだという考えもあることは当然であり、それも一つの考え方であることを否定するつもりはない。裁判官も弁護士も、そういう割り切り方をしていると思う。弁護士を頼んで裁判をした地方住民もそう割り切っているはずである。紛争となってしまえば、それもやむを得ない。
しかしそれでは、紛争を本当に解決させたとは言えない。そもそも紛争に決着を付けるためのマニュアルである法律は、本当に紛争を解決させようなどとは考えていない。一応の決着を付けることを目指しているだけに過ぎない。裁判所だって、判決で紛争を本当に解決させ関係を修復できるなどとは考えていない。法律というマニュアルに従って、一応の決着を付けるとすれば、こういうことになるということに過ぎない。「後は野となれ山となれ」で、法律も裁判所もそれ以上に関与しないということになる。
そもそも法律は、こう生きるべきであるなどということは教えてくれない。民事法は私人間の紛争に一応の決着を付ける上での裁判官の手引きに過ぎない。裁判官は良心に従って、判決を出せばよいのだが、裁判官の能力に不安があるので法律という手引きに従って、判決を出すように国、つまり国民が裁判官に求めているということになる。裁判官に本当の知恵であり、紛争を本当に解決させるだけの能力があれば、法律などというマニュアルは要らない。裁判官の良心に任せていれば足りる。しかし一般的には裁判官には、そんな能力は期待できない。弁護士だって同じだ。
法律や裁判所は、紛争を真に解決してやり、関係を修復してやることは、その役割とは考えていない。国民もそこまでは裁判官に期待していない。紛争に一応の決着を付ければ裁判官の役割は果たしたことになり、お役目ご苦労様ということになる。国も国民も、それ以上のことを裁判官に期待してはいないしいうことになろう。裁判官には、相撲の行司役くらいの役割を期待しているのに過ぎない。
相続事件のような身近な人間同士の紛争事件を、判決によって真に解決することはできない。判決によって一応の決着を付けることはできても、それは真に紛争を解決するものではなく、判決で紛争は解決しない。「紛争は判決で解決するのか」という問いに対する答えは、「解決しない」ということになる。昔なら判決によって、却って紛争がエスカレートし、判決に納得しない方は武力を行使し、戦争状態となりかねない。鎌倉時代のドラマなどでは、そのようなシーンが良く見られる。今の時代は武力闘争とはならないが、関係断絶となる。
最も身近で大事な人間関係を断絶させる判決は回避したい。そこへ行く前に、知恵で「正・反・合」と統合し、紛争を解決できないものかと、身の程も弁えず、こんな駄文を書いている。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵で統合を――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~29巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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