司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 夫婦同姓を定めた民法750条の規定を「合憲」とする最高裁の初の憲法判断が12月16日、示されました。①「姓の変更を強制されない自由」は憲法13条が保障する人格権の一部とはいえない②夫の姓が圧倒的多数を占めるわが国の現状は、夫婦いずれかの姓を称するとした憲法の規定から生じた結果ではなく、法の下の平等を定めた憲法1条1項に違反しない③この規定によって結婚をしないことを選んだ者がいるとしても、婚姻が当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきとする憲法24条1項の趣旨に反する制約を課したとはいえない――などとして違憲性を否定。改姓の不利益は、通称使用の広がりで一定程度緩和される、としています。その一方で、改姓するものがアイデンティティの喪失感を抱いたり、識別機能が阻害されるなど近年不利益を被る者が増えていることから制度検討で考慮すべきとするとともに、選択的夫婦別姓制なと同姓制が低い制度に合理性にも一定の理解を示し、国会で論じて判断されるべきとの考えも示されています。あなたは、この判断をどのようにご覧になりますか。判断そのものの妥当性や問題性、さらには、今後、この判断を踏まえて、この問題はどう解決されるべきかなど、幅広く自由なご意見をお聞かせ下さい(800字以内、匿名可)

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コメント一覧
  • 判決は愕然とするものだった。知見識の牙城であるべき最高裁がこのレベルか・・。
    少数意見は別にしても結局、態よく結論を避けたかたちになって無念である。多様性の社会とかバリアフリーはもはや目指す社会の常識の時代。ところが別姓を選べる自由がないこの今の日本は、多様性も認めず且つ、女性評価への心のバリア(別姓にしたい女性からみれば幸せへのバリア)が厳然と存在する。判決では、政治に解決を振ったものの、現体制はいかがか。女性の社会進出を期待するという題目だけは立派だが、同姓に固執する現体制の底流に流れるものは「男社会のサポート役」レベルの「期待」が現実ではないか。つまり、男女の実質的平等が、制度的に担保されていない。
    同姓が強要され結婚の際に、ほとんど男性の姓を名乗る現実は多くの不幸を(幸せへのバリア)を生んできた。一人息子である知人の男性が言う。わが家の子供三人女ばかり。由緒ある家柄の「氏姓」も自分でおしまいか・・と三人目の女の子が生まれた時「ガックリ」したと。このように、この世に生まれた瞬間、親や祖父母に女であるゆえだけで、祝福されなかった女の子が大勢いたはずだし、別姓が選択できない狭隘な社会のせいで、祝福されない女の子が発生し続ける。「女か どうせ嫁に行く。姓が変わる・・」と思われる現実。これが差別でなくて、なんでしょうか。最高裁の多数意見の裁判官よ、条文の言葉づらだけの解釈ではなく、トータルに現実を解釈し多面的かつ広範囲かつ長期的視点で結論を出してほしかった。それがほんとのプロの仕事でしょう。ひたすら失望、無念の一言の判決でした。


    2016年4月10日 10:50 AM | 野村真知子

  • 愛する子供の為に。子供は、絶対的に親を選ぶ事が出来ません。ならば、せめて、生まれた瞬間から、どちらかの親の名前になってしまう事は防いであげたいのです。夫婦別性での婚姻は、子供に両親の決意と愛情を明らかにする行為です。/子供が居ない夫婦ならば。二人は対等の結び付きの意味でも、お互いの姓名を尊重する事が出来ます。/つまり、夫婦別姓結婚は、基本的人権を守る為に、絶対に必要です。


    2016年2月17日 6:50 AM | 里見幸司

  • 判断自体は、一票の格差に関する訴訟と同様に事なかれ主義的なものと考える。
    家父長制度が根強い日本社会では、別姓導入を周知・運用するための法整備や社会整備も簡単ではないことが予想され、面倒なことを避けたと感じる。賛否は別に、日本の司法としては「妥当」か。

    一方、「改姓の不利益は通称使用により緩和される」ことができないからこそ訴訟になったことは百も承知だろうし、「改姓は人格権を侵害しない」とするのであれば、なぜ改姓によるアイデンティティ喪失に触れたのか。別姓を否定しないことが示唆され、煮え切らない感も残る。国会議論に含みを持たせたのはそのためか。

    仮に別姓を認めた場合、同姓・別姓同士が同じ社会で暮らす中で互いに実害を及ぼすことは無く、子の氏についても当事者間で決め、周囲がそれを受け入れるだけの話である。
    もし別姓への偏見が生じるとすれば、それは周囲の人間や社会が多様性を欠いているのであり、受容出来ない側の問題である。

    また、別姓は家族の関係に支障をきたすといった意見もあるが、根拠に乏しい。変化を嫌い、自己と周囲の同質性に安心を委ねる日本的感情論ではないか。
    近年、国内の年間殺人事件は千件弱であるが、約半数は家族や親族間であり、同姓が円満な家族関係を担保するわけではないことの証拠である。

    母の姓が、母方の祖父母や叔父・叔母の姓と異なるケースは多いが、子が、「お母さんは結婚してお父さんの苗字になった」という説明に疑問を持つことは無い。
    それは判決がまさしく指摘したように、法ではなく慣習から生じた結果だが、であれば、そこに別姓を含めても問題は生じないのではないか。
    生まれながらにして得た物を途中で放棄するアイデンティティの喪失とは質が異なる。

    別姓が認められたとすれば、数十年も経てば慣習の一つとしてそれが当たり前の世の中になっていく。今の自民党では難しいだろうが、今後の国会での議論を希望したい。


    2016年1月14日 3:00 PM | 一技術者

  • これは実質「選択的夫婦別姓」を認めた解釈と言っていいかと思います。

    「通称使用の広がり」を認めるということは「法律婚」(夫婦同姓)と「事実婚」(選択的夫婦別姓)
    の選択を可能にし、実質同一の権利を認める方向性を決めたように見えます。

    よって、「選択的夫婦別姓」とは「選択肢」を多くするという方向が主なのだから
    「法律婚」と「事実婚」を選択できる(そして、同一の権利)なら、それは「選択的夫婦別姓」制度
    としかいいようがありません。

    そういう方向で解決するというなら、結局のところ、問題から逃げたというところでしょう。

    なんだか面倒なことをしたくないから、民間に押し付けているだけのような気がします。

    民間の書類(例えば保険関係とか)で「法律婚」や「事実婚」と書かせるだけで
    「内縁関係」とは違う、「婚姻」としては同じ権利になるわけです。

    そんなんだったら国でどっちも「法律婚」である、認めればいいだけの話。

    「通称使用の広がり」を認める、のであれば、まずはシステム的に「同性」でも「別姓」でも
    を定義できるようにするべきでしょう。その方が民間で使う金が安くなる。


    2016年1月14日 2:50 AM | 加納正和

  • 普通の日本人には当然の判決と受けとめられているように思います。
    原告女性のあまりにも変わっている生き方に多くの日本人が驚いています。
    悪意をもって日本の制度を変えようとしているようにさえ感じられます。
    違憲の少数意見を述べた裁判官については、国民審査できっちりとしたいと
    思います。


    2015年12月26日 10:05 AM | beteran

  • 最高裁判決は違憲判断そのものには、完全に及び腰だけど、選択的夫婦別姓の合理性はあえて否定せず、国会に議論を求めた意味はやはり読み取るべきじゃないでしょうか。女性裁判官が全員違憲というのも、最高裁判事の男女構成比次第というイメージをはっきりさせてしまっているし、これは放置出来ないという流れのはじまりになると思います。


    2015年12月20日 4:31 AM | 庶民

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