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 〈18項目の立法権限〉

 

 前回までに、連邦(国)の憲法や法律や命令が州を拘束しない場合があることを紹介した。では、どのような場合に連邦議会は州や州民に影響を及ぼす法律を制定することができるのか。

 

 この点に関し、前回、児童労働保護立法の変遷を題材にして論を展開すると書いた。しかし、その前に、多少の一般論を展開する必要がある。

 

 アメリカはイギリスの植民地支配に苦しみ、これに抵抗してイギリスと戦い独立を獲得した。これを正当化する理論は、政治権力は腐敗し、ときに堪えがたい圧政を敷く、その場合は人民はその政府を否定して新しい政府を作る権利がある、というものであった。これを、「抵抗権」という。このような理屈と独立の経緯から、連邦の憲法は、政治権力を信用しないという立場で制定された。権力を立法、行政、司法の3つに分け、その3者間で互いにけん制させるという方策を取ったのもその表れである。さらに、各権力に対してもそのなしうる権限を列挙して、列挙事項以外の権限を否定した。「制限政体」と呼ばれるものである。これを連邦議会について見てみよう。

 

 日本国憲法41条は、「国会は国権の最高機関」と定める。これに対し連邦憲法第一章は、その8条で、連邦議会の立法権限として18項目を列挙する。この18項目に該当しない事項について連邦議会は法律を制定することができない。そのような法律は憲法違反とされるのである。このため、アメリカでは憲法判断が二つの異なる局面でなされることになる。第1は、当該法律が連邦議会の権限内事項か否かである。第2が、その法律の内容が憲法に規定する内容と矛盾しないかである。日本の裁判所の違憲立法審査権というものはこの第2段階のものを指す。

 

 こうして、一般論としては、連邦議会は、その権限内の事項につき、連邦憲法の定める内容に反しない限りで、州や州民に影響を及ぼす法律を制定することができる、ということになるのである。

 

 

 〈連邦最高裁の違憲判断〉

 

 ここで、児童労働保護立法の変遷に入ろう。

 

 アメリカは1865年に終了した南北戦争後、産業が飛躍的に発展した。そして多くの貧しい賃金労働者が出現した。そこには多くの子供たちも含まれていた。このような子供たちは学校にも行けず、夜遅くまで働かされた。惨状ともいえるこのような状況を変えるには児童労働制限や禁止が必要であるということが認識されるようになり、20世紀には多くの州で年齢制限や労働時間制限をする法律が制定されるようになった。しかし、各州が独自の法律を作ったため、各州間のばらつきが大きく、人件費に関し州間の不公平が生じた。競合商品の製造コストに不公平な差が出れば、規制の強い州が割を食うというわけである。

 

 そこで、1916年、連邦議会は14歳未満の児童を雇うことを禁止するなどの児童労働規制法を制定した。連邦憲法1章8条3項の「州際通商条項」を根拠としたものである。これは複数の州に渡る商取引については連邦議会が法を制定することができるという規定である。州と州の間のコストに関する不公平な差は州際通商に影響するからこれを是正するための児童労働規制は連邦議会の権限である、というわけである。従って、規制の方式も、この法に反して児童を使用して作られた製品の他州への出荷を禁止するというものであった。

 

 しかし、連邦最高裁はこれを違憲と判断した。州内で製品を製造することは「州際通商」ではない、この法の真の目的は児童労働の制限であり、州民の健康や福祉の維持・向上に関する権能(これを「ポリス・パワー」と呼ぶ。)はその州に属する、従ってこの法律は連邦議会の権限外の事項についてのものであり、州の権限を侵害するものである、としたのである。

 

 また、1919年には、年少労働者を使用した者には課税するとの法律が制定されたが、連邦最高裁は、この法律は連邦議会の権限である課税権に名を借りて懲罰を課すもので違憲とした。

 

 その後、1929年の大恐慌が発生し、フランクリン・ルーズベルト大統領はニュー・ディール政策を実施しようとするが、連邦最高裁はこれに関する諸立法につき、次々に違憲判断を下した。業を煮やした大統領は最高裁人事に手を付けようとした。これが功を奏したのか最高裁はその態度を変え、1937年からはニュー・ディール諸立法につき合憲判決が下されるようになった。そのうちの一つが、1938年制定の公正労働基準法であった。この法律は、最低賃金制、時間外労働への割増賃金制のほかに年少者労働規制を定めるものであった。ここに漸く連邦法としての児童労働規制法が成立したのである。

 

 以上見たように、連邦法とこれに対する連邦最高裁の憲法判断は、時代背景と連邦制に強い影響を受けてきた。次回は、州際通商条項に関する連邦最高裁の判断の変遷を見ながら、いわゆる「司法積極主義」と「司法消極主義」について見てみよう。



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