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 〈 「レイク・プレザント事件」 の教訓〉

 「河野真樹の弁護士観察日記」に紹介があるように、今、日弁連では「弁護士職務基本規程」の改正をしようとしている。その中に、弁護士の守秘義務についての改正条項がある。それは、依頼者以外の第三者の秘密についてもこれを秘匿する義務を依頼者に対して負う、という分かりにくいものである。そして、依頼者の秘密及び第三者の秘密を開示できる場合を列挙する。

 日弁連担当委員会の説明は、「国民の納得・支持」や「社会の信頼」を確保する必要があること、実務経験が浅い弁護士に守秘義務の対象についての明確なガイドラインを提供する必要があること、及び、アメリカで起きた「レイク・プレザント事件」を悲劇として引用しながら、秘密の開示が許される場合を例示する必要があることを根拠に挙げた。

 そこで、この「レイク・プレザント事件」を紹介しよう。

 この事件は、殺人で起訴された被告人が、その二人の弁護人に別の殺人事件の遺体の所在を明かし、弁護人は教えられた場所に行って、その存在を確認したが、警察の要請にも被害者の親の懇願にもかかわらず、被害者の死亡もその遺体の所在も開示しなかったというものである。数か月後、その遺体が発見され、また、被告人自身が公判でその遺体に関する供述をした後に、弁護人が遺体の所在を知っていたことを明らかにしたことにより、弁護人はマスコミと世論の袋叩き・脅迫に遭って、一人は弁護士を廃業してニューヨークからフロリダに移住し、他の一人は心臓発作を患い長期の休業のやむなきに至った。

 ここでの問題は、秘密の開示が許されるかではなく、守秘が許されるかであった。「そのような悲劇を繰り返さないためにも秘密の開示が許される場合を例示する必要はある」との上記日弁連担当委員会の説明は的を射ていない。そして、この事件の弁護士は、仮に開示が許されるという規定があっても、あるいは、開示すべしとする義務が課されていても、依頼者や刑事司法を守るために秘密を守ったであろう。現に、死体を発見したときは当局に通報すべしとする衛生関係法上の義務があったのであるが、弁護人は開示を拒否したのである。なお、弁護人の一人は同法違反で刑事裁判にかけられた。

 このような弁護人の守秘義務に関する考え方と現実の対応は、弁護人の所属するニュー・ヨーク弁護士協会の肯定するところでもあった。しかし、その見解は、弁護人に対する衛生関係法上の義務違反刑事裁判終了後に発表された。時期が遅くなったのは、裁判に影響を与えたくないからという理由であった。この間に、弁護人は、弁護士の役割と司法の意義に関して理解を欠く人々から責められ、脅迫され、休・廃業に至ったのである。


 〈守秘義務の本質に反する日弁連の「職務基本規程」改正案〉

 この事件で弁護士会が教訓を得るとすれば、弁護士会が秘密の開示が許される場合を定めておくことではない。守秘義務の重要性を再確認することである。そして、弁護士の基本的使命と「国民の納得・支持」や「社会の信頼」が対立したとき、弁護士会は前者の重要性を説くことである。弁護士が世論から弁護士の役割を理解されずに不当な攻撃を受けたとき、弁護士と司法のあるべき姿を説き、当該弁護士とその任務を守り、ひいては司法と国民を果敢に擁護することこそが求められるというべきである。

 弁護士職務基本規程の改正案は、以上の通り、その根拠・理由とするところに問題がある。それとともに、次のような原理的な問題も抱えている。

 冒頭に述べたように、この案は「職務上知り得た秘密」には依頼者の秘密のみならず、第三者のそれも含まれることが前提とされている。

 しかし、この二つの秘密は、 弁護士の職務との関係では本質上の差異がある。前者は依頼者に真実を語ってもらい、適切な弁護方針を設定し(司法の存在意義にかかわるところである。)、また、事実上、違法行為の排除または防止に役立つところに意義がある。弁護士の本質的守秘義務の対象である。

 後者は、情報主体のプライバシ―を保護し、弁護士会の会務活動を含む弁護士の諸活動に対する社会の信頼を獲得・保持しようというものである(この意味での秘密を守る義務の違反を独立の懲戒事由としてよいかは議論があり得ようが、本質的守秘義務とは別に、これを守秘の対象とすることは政策的判断としてありうるかもしれない)。

 この本質上の差異に従って、誰に対する守秘義務か、そして、いかなる場合に秘密の開示が許されるかは異なってくるはずである。

 しかるに、改正案はこの差異を無視するために、第三者の秘密も依頼者に対する義務だとすることになってしまった。

 また、改正案は、「重大な公共の利益を侵害するおそれ」があるときは、秘密を開示することができるという。これは、第三者の秘密には適用されうるかもしれないが、依頼者の秘密に対して適用するときは、弁護士の本質的任務と相反するおそれが高い。報道関係者が取材源を明かすに匹敵しよう。

 本質を異にする「秘密保持」を同一の基準で処理することは、非論理的であるばかりでなく、弁護士の任務と司法の価値を危ういものとし、懲戒処分事務等の弁護士会業務に不要な混乱をもたらしかねない。

 弁護士会の在り方と守秘義務の本質に反する今回の改正案は撤回されるべきである。

 次回は、弁護士倫理に関連して、刑事事件における適切弁護活動についての日米比較を見てみよう。



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