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 〈日本と異なる米陪審制での証拠の扱い〉

 1 日本で裁判員法が成立して、来年で20年となる。これまでの論考と一部重複するが、ここで、アメリカの陪審員制度と日本の裁判員制度の異同を見てみよう。

 2 アメリカでは憲法3条及び憲法修正6条で刑事被告人の陪審裁判を受ける権利が規定されている(民事事件は修正7条)。もっとも、起訴事案の97%以上が有罪答弁で法廷審理(trial)から外れ、また法廷に行く事件も、陪審による裁判の放棄等の理由で裁判官裁判(bench trial)で審理され、実際の陪審裁判数はそれほど多くはない。

 陪審裁判の概略は、一口で言えば、裁判官は法廷の行司役であり、陪審員が12人の全員一致で事実認定をするというものである。もっとも、無罪評決以外の事実認定については、裁判官は、その認定が実質的に証拠の裏づけを欠くと判断した場合には、これを破棄することができる。無罪評決については裁判官もこれを破棄できないし、二重の危険(一つの犯罪につき2度の有罪の危険にさらされない権利)法理で無罪判決には控訴は許されない。従って、実質証拠が十分あっても、陪審員が適用される法律が不当だと考えた場合には、「陪審員は法律に従わねばならない」との裁判官の説示にもかかわらず無罪評決をすることによってその法律を事実上無効化してしまうこともできる。これを陪審による法の破棄(Jury Nullification)という。

 それはともかく、このような役割の違いの例の一つとして、ある証拠の証拠能力(法廷で調べてよいか否かの問題。アメリカ法では数々の証拠制限法則があり、これに反する証拠は証拠能力がないとして審理から排除される)が法廷で議論されるときは、陪審員は法廷外に出されることがある。証拠能力のない証拠を陪審員の目に触れさせないためである。一端、陪審員がこれを見て、その後に証拠能力がないことになり、裁判官が陪審員にこれを見なかったことにして評議するように説示しても、それは後の祭り、少なくともその効果は限られるからである。

 3 陪審員裁判では、評決後の量刑は、死刑事案(capital crime―――死刑が科されうる犯罪)を除いては、量刑は裁判官が定めるのである。そして裁判所の保護監察局(probation department)が量刑報告書(pre-sentence report)を作成・提出する。また、検察官も被告人側も情状証拠を提出できる。これに基づいて裁判官が刑を定めるのである。

 死刑事案では陪審員が量刑判断をする州が多いが、これも有罪評決後に、それとは別に評議し決定するのである。なお、有罪答弁後の量刑の場合は、被告人は量刑のための陪審裁判を求めることができる。

 いずれの場合でも、量刑資料に関しては証拠制限法則の適用はない。殊に死刑事案では被告は原則として減刑事情に関連ある如何なる証拠も提出できるとされる。


 〈裁判員制の危うい現実〉

 4 さて、裁判員裁判の概略を見てみよう。

 裁判官の役割は法廷の行司役と事実の認定及び量刑である。したがって、証拠能力の判断は裁判官がする。この点は陪審員裁判と同様である。違うのは、証拠能力がないとされた証拠を見た裁判官が事実認定まですることである(もっとも、先に見たbench trialでも同様のことは起こる)。

 裁判員の役割は事実認定及び量刑である。この事実認定及び量刑は裁判官3名と裁判員6名の多数決で行われる。全員一致ではないのである。事実認定での多数決は、刑事裁判の鉄則である「疑わしきは被告人の利益に」、「合理的な疑いを超える証明がなければ被告人は無罪」に整合的であるか極めて疑わしい。なお、アメリカでは、無罪推定原則は有罪評決に要求される陪審員全員一致の根拠とされる。

 そもそも、この「多数決」は、単純な多数決ではない。有効な評決となるためには、多数票の中に少なくとも一人の裁判官の票が入っていなければならないとされる。6人の裁判員が無罪、3人の裁判官が有罪の票を入れたとき、評決は成立しないとされる。

 そこで評議が続けられることになるが、裁判所でいつも一緒にいる3人の法律専門家の裁判官が、しかも、後に述べる公判前整理手続きに参加しているため裁判員より多くの情報を有する立場で、評議会場以外で事件を話し合うことのない素人裁判員を説得することは極めて容易であろう。

 5 さて、6名の裁判員及び1ないし2名の補充裁判員をいつまでも裁判のために釘付けにしていくわけにもいかないとの配慮の下で、「公判前整理手続」が導入された。この手続においては、裁判員抜き、非公開で争点と証拠が絞られる。ここで、被告人・弁護人は手の内を明らかにしなければならなくなり、しかも、公判では原則として新たな証拠が出せなくなるなど、被告人の黙秘権や検察官の立証責任という刑事訴訟の基本原則がおろそかにされるのであるが、ここでは本題でないのでこれ以上触れない。

 ともかくも、こうして絞られた争点のみについて、絞り込まれた少数の証拠を取り調べて審理し、裁判員選定から判決まで3日程度、否認事件でも5日程度で片付けようというのである。これでは、本当は有罪であるものを無罪にしてしまうケースも多く排出されてしまうであろうし、これまで以上の冤罪を生み出すことにもなろう。これを荒い司法(rough justice)と言う。

 そして、このときに罪体(有罪か無罪か)と量刑の手続を分けない。そして日本の刑事訴訟法は戦後、アメリカの法理を多く取り入れ、証拠制限法則も持つ。つまり、証拠能力を有するほんの僅かな証拠で量刑までしてしまうことになるのである。これは、殊に否認事件では大きな問題である。否認事件では、有罪か無罪かに予断と偏見を生じさせるような量刑に関する証拠は控えられるべきであろうし、何よりも無罪を主張している弁護人が、被告人に有利な量刑事情を示す証拠を出せるはずもない。無罪を徹底的に争っているときに、「被告人にこんな有利な事情があるのだから寛刑にしてください」と言えるはずがないのである。

 こうして、被告人が無罪を主張する裁判で有罪の評決が出た場合、量刑に関するわずかな証拠で、被告人の処遇を決めてしまう。場合によっては、弁護人の量刑に関する主張と証拠提出を経ないで量刑が判断される。量刑に関する誤りも誤判である。この制度はこの意味からも誤判製造マシーンとなりかねないのである。

 6 「違憲のデパート」とまで評されているほどに、裁判員裁判は多くの憲法問題を孕んでいる。量刑の問題一つを取ってみても、上に見たように、これで本当に裁判を受ける権利(憲法32条)が保障されているといえるのであろうか。密室の公判前整理手続で筋書きが出来上がり、3日ないし5日で死刑とされた被告人は、「公平な裁判所の迅速な公開裁判」(憲法37条1項)を受けたと考えるであろうか。無垢の者が、不公平な裁判所の拙速な非公開部分を多く含む裁判手続により死刑台や刑務所に送られるという事態は何としても避けねばならない。冤罪を防ぐ完全潔癖な手続きは不可能としても、現在の裁判員裁判制度は従来の制度と比較しても危うい制度であり、早急な手直しが求められているというべきである。



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