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 〈制度見直し論まで招いている異常性〉
 

 2020年12月、トランプ大統領は数十名に対し恩赦を行った。自身の側近、親族や軍事会社所属の私兵(非武装のイラク市民十数名を射殺)がその対象である。

 その権限は連邦憲法2章2条に根拠を有する。恩赦制度には、(狭義)恩赦と刑の軽減がある。前者は日本国憲法7条6号の大赦または特赦に該当し、後者は減刑、刑の執行の免除に該当しよう。(狭義)恩赦は刑の言渡しの効力を帳消しにし、従って、第13回の記事に触れた各種市民権制限も撤廃される。

 刑の軽減は、刑期満了前でも釈放するというもので、市民権の回復はない。

 恩赦は、通常は、司法省恩赦担当検察事務所の審査と大統領への推薦を通して実施されるが、今回はこのような手続きを踏まずに行われた。対象も手続きも恣意的であり、多くの批判の声が起きている。これまでの恩赦推薦手続き自体が、検察当局の審査によるもので利益相反的であり、また、密航主義だとの指摘がなされていたが、今回の恩赦の異常性から、憲法上の恩赦制度を見直すべきだとの見解も出されるようになっているようである。

 なお、オバマ大統領も多くの恩赦を実施したが、その対象の多くは非暴力の薬物犯罪者であった。これは、アメリカの薬物戦争と大量投獄による歪みを修正しようとの狙いもあったが、対象数は現実の収容者に比較して極めて限られたものであり、また、そのような歪みは刑事司法改革により正されるべきであるとの批判がある。


 〈大統領自身に対する恩赦の問題〉
 

 トランプ大統領の恩赦で、注目されているのは自身を恩赦できるか、できるとして、州刑法犯罪に対する効力はどうかである。

 連邦憲法2章2条は大統領の恩赦権限を規定するが、誰に対する恩赦かには触れていない。そこで、大統領自身に対する恩赦が可能かが議論となる。この点に関する連邦最高裁の判断もなされていない。確実に恩赦の恩恵を受けようとするなら、任期終了前に辞任して後継大統領となったペンス副大統領が恩赦をすればよいことになる。ニクソン大統領が辞任し、副大統領だったフォードが後任大統領となってニクソンに与えた恩赦がその例である。

 現在、トランプ大統領は、脱税などでニューヨーク州検察当局の捜査の対象となっている。連邦憲法2章2条は、「合衆国に対する犯罪について」の恩赦を規定するので、州法違反の犯罪は恩赦の対象にはならない。ただし、その犯罪が連邦法違反の犯罪にもなりうるなら、これに恩赦を与えて、「二重の危険」理論によりニューヨーク州検察からの追及を免れるという道も考えられる。

 しかし、この点に関しては、第10回の記事に紹介した事件において、その後、連邦最高裁は伝統的「重複統治論(dual sovereignty doctrine)」(連邦の刑事裁判によって生じた「危険」は州の刑事司法上の「危険」には当たらない、とするもの)を維持すると判示したので、結局、トランプは州の追及からは逃れられず、大統領の任期切れ後は刑事被告人となり有罪後の収監という可能性は残されることになるのである。

 今回の大統領恩赦は、その特異性とともに、アメリカの憲法および刑事司法の一断面を見せてくれることにもなった。今後ともその行方を注視する価値があるようである。



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