〈黒人層に打撃となる二つの判決〉
2023年6月29日、アメリカ連邦最高裁は、大学の入学許可審査において黒人等に下駄をはかせる「アファーマティブアクション」(本稿第8回)は、修正憲法14条の平等条項に反するとした。これは、1978年に、人種ごとの入学人数枠を定める「クウォータ制」は憲法に反するが、人種を入学許否基準の要素とすることは許されるとした判決を覆すものである。
連邦最高裁は9人の裁判官によって構成されるが、この内6人の保守派がこれを違憲とし、3人のリベラル派が合憲とした。9人の中には、保守派、リベラル派それぞれ1人の黒人裁判官がいるが、これも党派別に分かれた。なお、保守派黒人裁判官は、億万長者から多額の経済的便宜を受けていたことがわかり、物議を醸している人物である。
多くの州や大学がアファーマティブアクションを採用しており、今回の判決の影響は大きい。黒人の入学はより困難となる一方、不利益を受けていたアジア系学生には門が広く開かれることになる。
奴隷制に始まる黒人の困窮の連鎖を断ち切る必要は現存するとする合憲派に対し、不利益を受けるアジア系や白人からは不平等との批判があるのみでなく、一定の黒人層からも、黒人の犠牲者としての地位を永続させるものであるとか、多種多様な黒人層を一派一からげにするするもので、黒人に対する認識を誤らせるものだとの批判もなされてきたところである。
さて、この判決に続き、翌30日、連邦最高裁は、バイデン政権の学生ローン免除政策は(学生ローン問題は本稿第14回で紹介した)、立法権を侵害するもので違憲とした(なお、反対意見は、本判決は司法権の領分を超えていると批判する)。世帯収入の少ない家庭出身が多い黒人層は、白人層より学生ローンの額が2万5000ドル多く、就職してからの収入が白人に比して少ない黒人の返済はより長期間を要している。
この判決も、明らかに黒人層に打撃となる。そして、やはり保守派6人対リベラル派3人の判決であった。
〈対岸の火事とはいえない日本の現実〉
この二つの判決により、現在の黒人の高等教育へのアプローチはこれまで以上に狭められ、卒業後の借金地獄に苦しむ黒人世帯の子息は将来にわたり高等教育を受ける機会が減少することになろう。
しかし、これは対岸の火事とは言えない。日本においても、貧富の差の拡大と大学授業料の増大、奨学金制度の貧困と消費者金融まがいとも言われる奨学金返済要求の実践が報告されている。
貧富の差の拡大と社会的地位・階層の固定化は社会の不安定化をもたらすとされる。ウクライナ戦争等、世界秩序が不安定化しているというが、国際秩序のみならず、民主主義国家とされる日米における、その国内秩序の足腰も必ずしも頑丈なものではないのではなかろうか。
なお、学生ローン判決と同日、連邦最高裁は、やはり同判決と同様の6:3で、同性婚カップルの依頼を拒否したウェブデザイナーの「表現の自由」の優越を理由として、性的指向を理由とするサービス提供拒否を禁止する反差別法の適用を認めないとする判決を出した。
丁度一年前に出された中絶を禁止する州法を許容する判決(これは、保守派である最高裁長官が、法の安定性を理由に50年続いた中絶の自由を維持する側に与したため、5:4であった)とともに、共和党及びキリスト教右派の年来の主張と合致したものである。
最高裁裁判官は終身とされ、容易に最高裁の構成を変えられない。他方で、民主党政権が続く限り、司法と行政の軋轢は続き、リベラル派の市民運動とその成果は後退を余儀なくされる。この点は、本稿第7回で予想したとおりである。
このような状況下、同所で紹介した1930年代の裁判所抱き込み作戦が頭をもたげないであろうか。興味のあるところである。