〈アジア系入学者数制限の背景〉
2018年8月、東京医科大学が長年に渡って女性受験者の入学試験点数を減点していたことが判明した。他方、同年10月13日、ボストン連邦地裁がアメリカの有名大学であるハーバード大学入学選考における人種差別事件につき、実質審理に入った。
今回は、このような事情から、これまでの司法制度を中心とするテーマから少しずれて、大学入学における差別問題を論じたい。
ハーバード大学の事件とは、アジア系の人の入学者数を制限しているため、成績が良くても落とされる事態が生じており、これが差別に当たるとして大学が訴えられている事件である。
なぜこのようなことが起きるかというと、アメリカにおける人種差別問題という、いわば宿痾ともいうべき事情があるからである。アメリカでは南北戦争による奴隷解放まで黒人は奴隷として虐げられてきた。そして、解放後も差別に苦しんだ。そのため、白人に比較して黒人の多くは経済的に恵まれず、学歴は低く、職に恵まれないという悪循環に陥っていた。
これを是正しようとして取られた施策が「アファーマティブアクション」と呼ばれるものである。「積極的改善策」とでも訳せようか。その中身は要するに就職や入学に関し黒人に下駄をはかせようというものである。その正当化理論は、例えば入学選考において黒人の成績が低いのはこれまでの長期にわたる差別の積み重ねに起因するのだから、実質上の公平を期するにはこれを他よりも有利に扱うべきで、もって黒人の学歴を徐々に上げていくことができる、というものである。
これに対しアジア系は成績が良いので、成績だけを基準としたのでは上記の目的が達せられない、だから受け入れ人数に枠を設けよう、というのがハーバード大学の採用した手法である。
すぐにわかるように、それではこれはアジア系に対する人種差別ではないか、という問題が生ずる。1960年代に導入されたアファーマティブアクションは、こうして憲法修正14条の平等原則違反の問題を提起し続けた。これに一応の決着をつけたのが、1978年の連邦最高裁判決である。
〈アファーマティブアクションの程度という問題〉
この事件は、筆者が客員研究員として在籍したカリフォルニア大学デーヴィス校を舞台にした。白人男性が同大医学校の入試に臨んだが2度落ちた。調べてみると、彼の成績はアファーマティブアクションによって入学を許された者より優秀であった。そこで、彼はこれは修正14条に反するとして訴えたのである。
最高裁は、入学選考に当たって人種を考慮に入れること自体は許されるが、この事件では考慮の程度が行き過ぎていたとして、彼の入学が認められた。
こうして、アファーマティブアクションの合憲性は認められたが、その考慮の程度や方法は州や連邦により、また、時の政権により変化があった。たとえば、オバマ政権では入学選考で、多様性確保のためにはアファーマティブアクションは有効であるとして、人種を考慮するためのガイドラインを作成した。これに対し、トランプ政権はアファーマティブアクションに極めて消極的で、ジェフ・セッション司法長官はこのガイドラインを廃止してしまった。
このような中で冒頭に述べたハーバード大学事件の審理が始まったのである。しかも、連邦司法省は同大学とイェール大学(ともにトップクラスのエリート大学である。)の入学選考は差別的ではないかとして調査を始めているのである。
現在、トランプ大統領により指名された2名の保守派判事が最高裁に送り込まれ、9人の裁判官中5人が保守派となっている。上記事件が最高裁に受理されれば、1978年判決は覆されるかもしれない。大いに注目されるところである。