〈わが国での条例の憲法適合性をめぐる議論〉
前回は、修正連邦憲法の州への適用の可否について紹介した。そこでは、連邦憲法は当然には州を拘束しないものであることを述べた。
しかし、日本的感覚では、自治体の立法や行政執行が日本国憲法に反することができないことは議論の余地がないほど明らかである。もっとも、その条文上の根拠は必ずしも明らかでないように思われる。
憲法98条は「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令・・・国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と定めるところ、条例は実質上ここでの法律又は命令に含まれるとする説がある。しかし、ここでの法律や命令は国レベルのそれを意味すると解釈するのが素直であろう。
憲法92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、・・・法律でこれを定める」と定め、(憲法94条は「地方公共団体は・・・法律の範囲内で条例を制定することができる」とすることから、憲法に反する条例は憲法に反してはならない法律に反するはずであり、従って、無効になるとの考え方もあり得よう。しかし、この考え方は、法律が所管しない分野について条例を制定しえないという前提がないと成り立たない。また、そのような前提を肯定するとしても、条例の所管事項を定める法律が条例の内容まで定めていない場合にも成り立たない。
なお、この前提について学説は「法律の範囲内で」という文言から当然のことと解するようであるが、「法律の定めに反してはならない」という意味と解することも可能ではないだろうか。国と地方自治体の関係を可能な限り平等なものとし、自治権を広く認めようとする立場からは採りうる解釈であろう。
なお、最高裁判所は法律の規制しない事項についての条例は直接に憲法適合性を判断しているとして最高裁昭和29年11月24日判決を挙げる説もあるが、この判決は罰則を規定する新潟県公安条例に関するもので、憲法31条が「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」としていることから、刑罰を科すことは法律の管轄事項である、憲法に反するため法律が定めることができない内容の刑罰条例は無効であると言っていると解すべきであろう。
ここでも、法律が所管しない分野について条例を制定しえないという前提がないと最高裁は条例の憲法適合性を必要としているとする議論は成り立たない。
結局、法律管轄外事項についての条例があり得るとすれば、また、法律が条例の所管事項のみを定めてその内容について触れていない場合は、条例が憲法に適合していなければならないという判断の根拠は、少なくとも条文上は未だ明らかでないように思われるのである。
〈州に拘束力が及ばない米連邦憲法・連邦法〉
この点、アメリカにおける国(連邦)と地方(州)の関係はどうなっているであろうか。具体例を、拙著「アメリカにおける証拠開示制度 ディスカバリーの実際」(花伝社)から関係ある記載を一部抜粋して紹介しよう。
「アメリカは50の州とワシントンD.C.からなる連邦国家である。ワシントンD.C.は連邦直轄地区であるが、50の州はいずれもそれぞれの主権を有する。連邦憲法制定以来連邦管轄の事項と範囲は徐々に広げられたが、基本的には各州は連邦から独立した地位と権限を持つ」
「2017年1月に就任したドナルド・トランプ大統領は移民に対する厳しい姿勢を明らかにした。これを受けて、アメリカ移民局は有効なビザを有しない移民を拘束し送還する政策を強力に推し進めるようになった。このとき、ヒスパニック系が人口の約50%を占めるカリフォルニア州ヨーロー郡(county)において郡警察の移民問題に関する姿勢についての説明会が開かれた。そこで本書執筆当時ヨーロー郡ウッドランド市に居住していた筆者もそこに参加してみた」
「その内容は、郡の警察はビザを有しない違法移民を積極的に取り締まることも移民局に積極的に協力することもしないというものであった。その実質的理由は、不法滞在は軽微な罪でしかないこと、及び、警察と住民の信頼関係こそ重視されるべきものだ、ということを挙げた。そして、形式的理由として、移民問題は連邦の問題であり、移民局は連邦部局であるということであった。大統領の指示は連邦政府に効力を有しても直接に州や郡に対する拘束力を有しない、というのである」
「アメリカ国内にいくつもの『サンクチュアリー・シティ』と呼ばれる自治体がある。『庇護提供市』とでも訳すればよいであろうか。ここでは違法移民にも市民と同様の公共サービス(低所得者向けの医療保険や食費補助、教育補助等)を提供するのである。その数は全米で300以上を数えるという」
「これに対して、連邦の大統領は直接には禁止を命ずることができないので、トランプ大統領は違法移民保護を続ける自治体には連邦の補助金を交付しないと言い始めた。実際には法律や規則で各補助金支出根拠が定められ、移民関係の補助金の支出しか止められないのであるが、いずれにせよ、ここでも連邦と各州及びその下での自治体の関係が見て取れる」
「それら51の法域(50の州と一つの連邦)は、文化も成り立ちも多くの共通項を有し、法律文化や背景も、元フランス領であったルイジアナ州がやや特殊性を有するものの、概して共通するところが多い。・・・・多くの共通点に加えて、アメリカ建国以来の交通事情及び通信事情は飛躍的に発展してきた。人、物、情報の州際移動は著しく安易かつ多量になされるに至っている。そのような環境の下では、EU以上に、統一された法的処理が望まれるのも不思議ではない。こうして、不法行為法、契約法などでモデルとなる法律案が作られ、それが多くの州の参考とされるようになってきた(ここではさらに『コモンロー』と呼ばれる、判例の積み重ねによる法形成を中心とするアメリカにおいて、確立されたコモンローを成文法に置き換えることも念頭に置かれている)」(いずれも非政府組織により公にされるモデル法案とリステイトメントがある。前者は法の改善と改正を主な狙いとするものであり、後者はコモン・ロー(判例法)の成分化を主な狙いとする)
以上、要するに、アメリカでは連邦憲法や連邦法の拘束力が州に及ばず、連邦の政策と州のそれが矛盾することがあるのである。
次回は、アメリカにおける連邦法と州法の関係を児童労働保護立法の変遷を紹介しながら見てみたい。