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 アメリカの公判前釈放(pretrial release)とは、逮捕後に出頭命令書を渡して釈放する場合も含まれるので、日本の保釈とは意味合いが異なる。出頭命令釈放以外の釈放形態としてbailというものがあるが、これが日本の保釈に近い。どの程度の釈放がなされているかであるが、私の滞在するカリフォルニア州では2011年から2015年の釈放率は41.5%であった。その内、保釈(bail)は53.4%となっている。

 

 この保釈には、誓約書による保釈、条件付き保釈(ただし、他の保釈形態と併用されることあり)、保釈金(これもbailと呼ばれる)による保釈等があるが、最後のものが一番多い。同期間における同州の全保釈中、保釈金保釈が52%を占めた。

 

 ところで、カリフォルニア州ではこの保釈金制度が大きな問題となっている。それは、経済的弱者ほど保釈が難しくなり、勾留中に家族や職を失い、裁判の準備も十分にできないことになるのに、危険な暴力犯や組織犯罪犯でも金さえ積めば保釈されるということに大きな矛盾を感じるからである。

 

 そして、アメリカではここに人種問題が絡む。例えば、2014年のサンフランシスコの黒人人口比率は6%であるが、サンフランシスコ公設弁護士事務所によれば拘置所人口の半分が黒人である。そこで、同事務所は「保釈部」を創設し、保釈金なしの保釈や保釈金の減額のために活動を開始し、相当の成果を上げている。同事務所はこのような法廷闘争だけでなく立法運動も行っており、同事務所所長アダチ弁護士は州内各地で保釈金制度の不当性を訴えており、サンフランシスコ市の司法長官もボンドに反対を表明していることもあり、州議会での法改正が視野に入ってきている。

 

 ところで、このような法改正の動きはカリフォルニア州に限らない。これに先行している州がある。ニュージャージー州である。同州は2014年に非暴力犯罪についてボンドシステ廃止という大きな改革を果たした。それは、証人や社会に脅威をもたらす恐れ(注1)のある場合と逃走する恐れのある場合は保釈無しの勾留を認め、他方で、非暴力犯については保証金(ボンド)システムを廃止するというものである。これにより拘置所人口が19%減少したとの報告がなされている。

 

 ここで、日米保釈についての若干の基本的な異同について見てみたい。

 

 何といっても大きな違いは、日本ではアメリカと違って起訴前の保釈が認められていないことである。しかも、起訴後であっても、被告人が犯行を否認しているときは逃亡や証拠隠滅等の恐れがあるとの理由付けで保釈が認められる可能性は著しく低くなる。職や家族関係を守るため不本意な自白をして保釈を得るという例が少なくない。

 

 また、否認したままでは勾留が続き、弁護人との打ち合わせとその後の訴訟活動に支障が生ずる。先に述べたニュージャージー州の保釈改革法では保釈の拒否について9個の指標を設定しそれを数値化して判断の客観性を保とうとするが、その指標の中に罪状認否は含まれていない。

 

 なお、勾留が被告人の自白獲得、有罪答弁ないし司法取引に利用されるという点は日米に基本的差はない。

 

 次に、保釈報奨金保証制度またはボンドシステムである。アメリカでは民間のボンズマンが保釈金の10%の手数料で保釈金全額を建て替える。日本ではこのような制度がなく、最近になって社団法人や弁護士の協同組合が保釈保証金を建て替える事業をするようになった。その手数料は10%よりかなり低い。これがどの程度利用されているのかは私の知るところではないが、アメリカのボンド制度に比較して相当少ないと思われる。

 

 いずれにせよ、経済的弱者には保釈金制度は保釈への高い壁になることは間違いない。保釈金を必須のものとする日本の制度は見直されるべきではないだろうか。

 

 アメリカでは、保釈の有無を決する要素として、保釈中に社会への加害行為をする恐れがあるかが検討される(注2)。これに対し、日本では、逃亡や証拠隠滅等の恐れがなければ原則として保釈されるべきものとされ、下級審判例ではあるが判例上は再犯の恐れは保釈不許可の理由とすることはできないとされる。逮捕を契機とする予防拘禁は許されるべきではあるまい。保釈金制度を廃止する場合でも、「予防拘束」(preventive detention)(注参照)のような制度をまねてはならない。

 

 (注1、2) 「社会に脅威」とは、要するに保釈中に他の人々やコミュニティに危害を加える場合ということである。このような恐れがある場合には保釈が拒否される。この考え方は、1984年の連邦保釈改革法で明示されたもので、「予防拘束」(preventive detention)と呼ばれる。ニュージャージー州法もこれに倣ったものである。
 しかし、逃亡の恐れや証人への危害の恐れとは別に、被疑事実・被告事実とは無関係な犯罪の可能性を理由に被疑者・被告人を拘束することの是非は問題となる。これに関し、1987年の連邦最高裁判決は、詐欺、恐喝等で逮捕された被疑者2名につき、一人は犯罪組織のボス(組長)であり、他はそのキャプテン(若頭)であり他の人々やコミュニティに危害を加える恐れがあると認定して勾留を認めた地方裁判所の決定を肯定し、これを違憲とした高裁判決を覆した。
 被疑者は、連邦憲法修正5条のデュープロセスと修正8条の過剰保釈金禁止条項に反すると主張したところ、連邦最高裁は、デュープロセスにつき、この身柄拘束の性格は刑罰ではなく行政規制だ、従って無罪推定原則に反しない、政府(社会)のやむに已まれぬ利益と個人の自由という基本的人権の比較衡量で、上記の危険について明確かつ説得的な証明がなされれば許されるとした。少数意見はこれに関し、勾留を刑罰目的と行政目的に分けて実質的適正手続きは前者にのみ適用されるとすることに無理がある、多数意見によれば行政目的とさえ言えば実質的適正手続きの保証なく勾留できることになる、被疑・被告事実が考慮されるのではないから、逮捕または起訴されたこと自体が理由の勾留となり被疑・被告事実についての合理的な疑いを超える証明なしの自由はく奪となる、と批判した。
 修正8条違反の主張に対しては、同条は過剰保釈金を禁止しているが、全ての場合に保釈を認めなければならないとしているのではないから、同条違反にならないとした。少数意見は、莫大な保証金を課すことと保釈を認めないことは実質的に同じだ、過剰保釈金は許されず保釈を認めないことは許されるとするのは不当と批判する。
 この判決以後、各州でもこのような「予防拘束」は許されるとする考え方が確立され、ニュージャージー州がこれを採用していることは既に述べたが、カリフォルニア州の改革案も同様の立場を取っている。



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