〈日本での救済の形〉
刑法19条1項2号によれば、犯罪行為に用いた物は、これを没収することができる。必ず没収されるのではなく、裁判所が量刑判断をして没収の有無を決める。量刑は裁判官の裁量による。では、2万円在中の財布を500万円の高級車を用いてひったくった場合に、裁判所はこの車両を没収できるか。一審で没収の判決があった場合を考えてみよう。
量刑に不満があれば控訴できるが、控訴の理由は大きく分けて2つの場合がありうる。不当の場合と違法・違憲の場合である。
刑事訴訟法は「量刑不当」を控訴の理由として明示する。そして、量刑の判断材料の一つとして犯罪の軽重が挙げられるのが普通である。これは「罪刑の均衡」という考え方によるものである。そうとすると、2万円の窃盗で500万円相当の財貨を没収するのは、いかにも不均衡ということになろう。
では、違法性についてはどうか。量刑が違法となる場合としては、法定刑を超える重罰、他の犯罪を処罰する意味での重罰、個人的恨みを晴らすための重罰等があり得よう。また、いかに裁量とはいえ、罪刑の均衡を著しく欠いているというような合理的な裁量の範囲を超えた重罰は、単なる不当の問題にとどまらず、裁量権の逸脱として違法の問題が生じ得よう。そして、2万円の窃盗で500万円相当の財貨の没収は、他の違法事由がなくても、罪刑の不均衡が著しく、裁量権の逸脱というべきであろう。違法な量刑については、明らかに判決に影響を及ぼす場合でなければ原審判決が維持されるが、この場合は罪刑の不均衡は明らかであり、判決に影響ありというべきであろう。
以上見たように、罪刑の均衡しない没収は、不当または違法というレベルで救済されうる。しかし、高等裁判所がこれを救済しなかった場合、上訴して最高裁に救済を求めなければならない。これを上告という。しかし、最高裁への上告理由は非常に限られており、ここで考えられるのは憲法違反である。
そこで憲法適合性を見るに、犯罪の重さに比較して没収物が「著しく」高価な場合は、憲法29条の保障する財産権の侵害となる可能性があろう。また、没収される物が被告人の全財産に相当するなど被告人の生活をあまりにも過酷な状況に置くような場合には、憲法25条の生存権侵害や憲法36条の「残虐な刑罰」に該当するということもありうるであろう。
もっとも、この点については、それほど極端な判決が出されることは極めて稀であろうし、何より違法または不当のレベルで処理されるであろうから、現実に深刻な憲法論争となることはないであろう。
〈アメリカで注目された事件〉
ところが、アメリカでは憲法論争となった。インディアナ州で、225ドルのヘロインを売ったとして男が逮捕され、彼は有罪となった。すると、州警察は、その薬物売買に使われた4万2000ドルの車両を没収したのである。これにつき連邦最高裁の判断することになった。2019年2月、最高裁は9人の裁判官の全員一致で、修正憲法8条の「過大な罰金」に該当すると判断した。
一見、単純な違法薬物の売買の事案であり、それほど重要な事件とは思えない。しかし、これが最高裁にまで行き、しかも全国ニュースとなった。それは、重要な憲法判断があったからにほかならない。この点は、本レポート第3回で述べたことに関係する。
そこでは、アメリカの連邦憲法は当然には州に適用されない、しかし、人権条項は、修正14条を介して「選択的組み入れ」という方法で徐々に州にも適用されるようになり、現在まで、大陪審による起訴の保証(修正5条)及び過大な保釈金の禁止(修正8条)を残して州への適用が認められるようになった(なお、刑事分野ではない民事陪審の保証を定めた修正7条も未適用ではある)、と書いた。
ところで、修正8条は過大な保釈金の禁止ほかに、過大な罰金及び残虐な刑罰を禁止しており、残虐な刑罰の禁止は既に州に適用されると判断されていた。そして、今回、「過大な」罰金禁止は州にも適用されると判断されたのである。事実上、「過大な」保釈金を含めた修正8条全体の州への適用が肯定されるようになったと考えてよさそうである。これが本事件が大きく扱われることになった理由である。
すると、残るは大陪審(通常、23人の住民たる陪審員で構成する)による起訴(日本の場合は、検察官のみが起訴を決定する)の保証である。しかし、大陪審は被疑者・被告人の手続的保障に欠け、また、検察官の言うがままにラバー・スタンプ(めくら判)を押す存在と見られることも多く、人権保障を広く国民に及ぼすという観点からは、大陪審制度を州にも義務付けるという判断はありそうもないのではないかと考える。
なお、今回の法廷意見を書いたのはRuth Bader Ginsburg裁判官である。彼女は、クリントン裁判官によって任命されたリベラル系の裁判官であって、まもなく86歳になり、実は、肺がんのため外科手術を受け退院したばかりであった。トランプ大統領になってから2人の保守系裁判官が任命され、もし、彼女が退任すれば、彼女に代わって3人目の保守系裁判官が任命されることになるのは必然であることから、彼女は退任を固く拒んでいるのである。日本と違って定年制のない連邦最高裁裁判官の退任は、ときに政治的色彩を帯びることがあるのである。