〈量刑法と政策の変更による投獄増〉
2019年4月8日、フィラデルフィアの刑務所記念館を訪れた。そこで2種類の説明文書(ちらし)を入手した。以下は、その翻訳である。なお、「注」は、理解を助けるために私が付したものである。
これまで、本コラムでは日米司法制度比較を紹介してきたが、その前提となるアメリカの実情の一端を知ることも有用と考え、紹介する次第である。
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第1 アメリカの矯正処遇事情
1 大量投獄
合衆国は、全国で220万人が刑務所や拘置所に収容されており、世界一の多さだ。これは過去40年で500%の増加だ。この増加の多くは犯罪の増加ではなく、量刑法と政策の変更(注1)によるものである。この傾向が、刑務所の過剰収容、急速に増大する刑罰システムを支えるための州の経済的負担をもたらす。しかし、多くの証拠は、大量投獄が公共の安全を達成するのに効果的な方法でないことを示している。
2 青少年
1999年以来、非行の審判を受けて施設に収容される青少年の数は、1999年の7万7835人から2015年の3万1487人に減少した。それでも、問題は残されている。有色人種の青少年は白人のそれよりずっと多く施設内処遇となり、その刑期も長い。それに加えて、毎年、多くの青少年が成人用施設に送られ、また、成人と同様の裁判を受けて、多くが刑期を務めるために成人用刑務所や拘置所に入れられる。
3 人種格差
今日、刑務所人口の60%は有色人種である。黒人は白人の6倍、ヒスパニックは白人の2,7倍、投獄される確率が高い(注2)。
社会経済的な不平等が、薬物犯ではなく(注3)、暴力犯や経済犯の多さに寄与している。しかし、司法制度の以下の4つの事情が、背景にある不平等をさらに悪化させている。
① 多くの表面的には人種と無関係にみられる政策と法律が人種間の格差をもたらしている(注4)。
② 刑事司法関係者の裁量権の行使が人種的偏見に影響されている。
③ 刑事司法の枢要部分への資金配分が不足しており、これが不釣り合いに低収入の黒人とヒスパニックに不利に作用している。
④ 刑事司法政策が、前歴保持者に付随的な不利益(注3)を与え、また、 公金が刑事政策に流れてしまうため、社会経済的な不平等が拡大してしまう。
4 成人の刑務所収容人数を半分にするのに74年?
近年、政策担当者と刑事司法専門家は、過去の過剰な重罰方針の改正に努めている。2016年までに、42の州と連邦は、少なくとも遠慮がちに、最多期の水準から収容数を減少させてきている。ニュー・ジャージー、ニュー・ヨーク、カリフォルニアを含む6州が25%以上の減少をもって国を牽引している。しかし、全体的な非収容化傾向の速度は非常に控えめである。2009年のピーク時から2016年末までの被収容者数の減少は6%である。もし、州や連邦が近時のこのペースを維持するなら、国内の刑務所収容者数を半減するのに74年先の2093年まで待たねばならない。
注1:1982年にロナルド・レーガン大統領により発表された「薬物戦争」が、大量投獄事態をもたらした一大要因である。
注2:ここでいう「有色人種」とは、主に黒人及びヒスパニック(特に黒人が多い。)を指すが、2014年の人種別構成は、白人62%、ヒスパニック17%、黒人12%である。
注3、4:薬物犯罪の人種別人口比は、白人も黒人も変わらない。ところが、検挙される数は黒人が圧倒的に多い。懲役刑となる者の数も黒人は白人の13倍である。また、粒状コカインと粉末コカインの薬効は変わらないが、黒人が多用する前者に係る犯罪に対する刑罰は後者に比較して極めて重い。
注5:就職困難、いくつかの社会福祉政策からの排除、公的住宅入居不可、陪審員資格はく奪、選挙権否定等がある。
〈著しく制限されている裁判官の量刑裁量〉
第2 法定最低量刑
法定最低量刑は刑務所収容者数を急騰させた。そのため、過剰収容となり、刑務所経費が急増し、法の執行に要する資源が減少した。これは、1980年代に議会が薬物犯に対して法定最低量刑法を制定したことによって生じた。このため、連邦刑務所の収容人数は急上昇した。
1980年に、アメリカの納税者は、2万4000人を連邦刑務所に入れるために5億4000万ドルを支払わされた。今日、21万8000人を連邦刑務所に収容するために69億ドルが費やされている。この被収容者の半数は暴力を伴わない薬物犯である。
28人に一人の子供は、その親が服役している。
しかし、良いニュースがある。多くの人々が法定最低量刑制度を学び、その改善運動に取り組んでいる。
アメリカは世界の人口の5%を占め、世界の服役者数の25%を占めている。我々が、世界のどの国よりも多くの人を収容している。
納税者として、私たちは税金がどのように使われているかを知るべきである。少しの時間を取って、この法定最低量刑法を知って欲しい。その廃止に向けて声を上げてもらいたい。私たちの税金がこのようなことのために垂れ流されていることを多くの人々に知らせて欲しい。
略
法定最低量刑法は、連邦犯罪及び州犯罪に対し、特定された刑期を義務付けるものである。
略
この硬直的な、いわば「フリーサイズ」的(注6)な法定最低量刑法は、即効性のある犯罪対策のように見えるが、実際には、裁判官が被告人の個性や背景・環境を個別に斟酌して量刑することを禁ずることにより、刑事司法の公正性を害している。(注7)
法定最低量刑制度は、公平な裁判官から検察官及び政治家に権限を移すことによって、公正性のバランスを失わさせている。(注8)
注6:事案や被告人の個別性を考慮せず、一律に最低の刑期を定めるもの。その限りで、裁判官の量刑裁量は著しく制限される。また、粒状コカインの所持、利用ないし販売に対する最低刑期が異常に長いため、非常にしばしば、これらの犯罪に対し異様な重罰が科されることになる。
樋口注7、8:検察官はその裁量で起訴対象を選択でき、裁判官は柔軟な量刑ができないため、公判前の司法取引(事件の95%は司法取引により決まり、残りが公判に行く。)において検察官は極めて有利な立場に立つ。重いA罪が有罪になると法定最低量刑法によって義務付けられた最低刑期以上の刑期が言い渡されるため、被告人は検察官の軽いB罪の申し出を受けざるを得なくなる。こうして、刑事司法の実際は検察官が取り仕切ることになり、また、無垢の被告人が泣く泣く有罪答弁をしたり、他の被告事件における検察官証人になったりすることが発生する。このため、冤罪が3ないし5%もあるとも言われる。執行猶予を除いても、受刑者は200万人以上であり、その3%としても60万人が刑務所内で冤罪に泣いていることになる。
なお、連邦法によれば連邦裁判所裁判官は司法取引に関与することは禁止されている。裁判官は、司法取引の結果について、被告人の任意によるものか、事実的基礎を欠くことはないか等の司法制度取引の有効性を判断することはできる。