司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈市幹部にも責任〉
 
 私は、この事件の住民訴訟の相談を正式に受けたのは、住民監査請求の結果が出た後でした。
 
 事実関係を調査していくに従い、①本件土地には建設廃材が埋設されていた、②その事実は、市が本件土地を買い取る前から公知の事実であったし、ボーリング調査報告書に明記されていた、③市が本件土地を買い上げた後で、抵当権者である信金の要請に応じて、市は教育長の名前で、埋設物の撤去費用を市が負担する旨の覚書を交わした、④本件土地に埋設物があることが表に出た、⑤①~④の経過を隠して、議会に埋設物の撤去費用の支出の議決をさせた、⑥その結果、市は埋設物の撤去費用の支払をなした、という経過及び事実が判明しました。
 
 以上の経過及び事実を考えれば、市が本件土地の埋設物撤去費用を支出するのは違法であるとの確信を得ました。私は、胆沢統合中学校用地の埋設物撤去費用の支出は違法なものであり、胆沢統合中学校用地として、本件土地の買収を担当した市長はもとより、奥州市の幹部職員には、故意又は過失があり、不法行為が成立し、市に対して、損害賠償義務があると確信しています。
 
 市長のみならず、幹部職員の責任も問わなければ、市政は改善されません。市長一人の責任としてしまっては、市政は改善されません。市長一人では、地方行政は成り立ちません。せめて幹部職員には、市政を支えているという自覚と責任を求めるのが当然です。
 
 この判決は、「市長以外の職員は、財産の処分を行う権限はない。地方公共団体の財産の処分を行う権限は、市政に属する」というのです。「だから市長以外の市幹部職員に対する請求部分は『却下』、つまり話を取り上げない」というのです。ですが、市長を補佐する市幹部職員のうち、その財産の処分に直接関与した幹部職員にも、その責任があることを自覚してもらわなければならないのです。「権限はない」というのですが、それは形式論に過ぎず、前記①~⑥の行為にかかわった幹部職員には、実質的に財産の処分を行う権限があったのです。
 
 訴状で相手方とされた市長以下の奥州市幹部職員は、いずれも本件における胆沢統合中学校用地確保のため、①~⑥の行為の全過程にわたって、市長から権限の委任を受けて、財産処分行為を行ったのです。
 
 元東京都知事である石原慎太郎氏が、「十数万人の都職員に一人の都知事で目が行き届くわけがないでしょう。幹部職員に任せなければならないし、幹部職員には、その権限と責任があるという自覚は持ってもらっていると思う」という趣旨の話をされていましたが、それはその通りだと思います。全てのことを首長だけが権限を持ち、首長だけに責任があるとすることは、実態に適合していないのです。この判決は、形式的法律理論を優先させ、現実に目を向けていないのです。
 
 市長以外の市幹部職員には、形式的に権限がないから責任がない、としてしまっては、市職員は権限も責任もないということになり、危機管理意識も法令遵守意識もなくなってしまいます。これでは市政は、停滞するだけです。

 

 

 〈危機管理・法令遵守・信義誠実の欠如の連続〉
 
 そもそも、本件において、財産の処分を行う権限は市長にしかない、とする考えには納得できません。現に、「本件土地に埋設されていた建設廃材の撤去費用については、売主や抵当権者に責任を追及しないで、市が負担する」という覚書を取り交わしたのは、市長ではなく、教育長でした。そのことは、判決も認めています。
 
 もし、判決が述べている通り、教育長に権限がなかったとすれば、教育長は違法な行為をなしたのであり、不法行為をしたことになります。その他の幹部職員も違法行為が認められると思料しますので、市はこれら市幹部職員に対して、損害賠償請求ができると確信します。判決は、「教育長が売主の瑕疵担保責任を免除する旨の本件覚書を締結した」と認定していると解されます。それにもかかわらず、市から教育長に対する損害賠償請求を認めないとする判決は、自己矛盾の判決となります。この判決には、主文1にも問題があります。
 
 市長は、判決後に新聞記者に対し、「教育長が、勝手に覚書を交わしたことは問題がある」という趣旨のコメントをなしていますが、これは責任転嫁です。そんなレベルの問題ではありません。
 
 本件用地買収から、廃棄物処理料支払の一連の財産処分行為は、市長以下幹部職員の職務執行における注意義務違反により惹起されたものです。一方、市長は幹部職員に対し法令・規則を遵守し、市民に損害を与えることのないように危機管理を徹底するように指導し、幹部職員としての責任と自覚を促し、他方、幹部職員は市長に対し正確な情報を伝え、市長が的確な判断をなし、的確な指示を出せるようにした上で、市長から的確な指示を受けなければならないのです。
 
 つまり、市長と幹部職員は、一体となって危機管理をしなければならない立場にあります。市長だけの責任ではありません。本件の用地買収、廃棄物処理料支出という一連の行為には、市長以下の市幹部職員のリスクマネジメント(危機管理)の欠如であり、コンプライアンス(法令遵守)違反であり、インテグリティー(信義誠実)の欠如の連続が認められるのです。その市長及び市幹部職員の責任を問うのが、本件訴訟の本丸なのです。

 
 

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