司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈裁判員制度の経費〉

 

 前記の裁判員経験者の制度に批判的な言葉にもあるように、存在意義の分からない制度であることを施行後はっきりと見せつけられているのに、制度開始に使った広報費などの国家予算のほかに、毎年30億円余という税金が注ぎ込まれている(2008年8月26日朝日新聞ネット版を参考)。

 

 国家が一度制度を作ってしまうと、損をしても、他に被害を与えても、絶対に無くそうとはしないのは、原発の例を引くまでもない。民主政治というのは、国民から選ばれた為政者は国民に対しその行った政治について責任を負う政治でなければならないけれども、我が国ではその責任を負う者はいない。

 

 毎年30億円もの金があったら、国家本来の使命である福祉、教育、防災、文化等々、国民の生活の向上にどれだけ役に立ったであろう。しかも、それは裁判員に対する旅費・日当等の分に過ぎず、地方公共団体の裁判員候補者の選任事務、裁判所の候補者に対する通知、意見照会、事件ごとの選定と呼出等、それらに費やされる職員の労務費等を金銭に見積れば、裁判員関連経費はさらに膨らむであろう。

 

 或いは論者は言うかも知れない。裁判の可視化が進んだ、証拠開示も広く行われるようになった、死刑制度の議論も盛んになったなどと。

 

 改めて言うまでもなく、これらのことは裁判員制度を採り入れなくてもできること、裁判員制度はただ出汁に使われているだけである。しかし、本質的に裁判員になることは、国民に対し、日常ではあり得ない精神的・身体的負担、通常人であれば苦痛となる行為を求めることである。憲法13条の個人の尊重の理念に反することである。その個人の尊重の理念に反してもなお、国家が個人にかかる負担を強いようとするならば、余人によっては替えられない特別な必要性がなければならない。しかし、裁判員制度にはそのような必要性は全くない。国は国民の血税を無駄に使っているばかりではなく、その血税によって国民の福祉を害しているのである。

 

 

 〈目を覚ませ 声を上げよ〉

 

 日弁連は、日夜、裁判員裁判のテクニックの伝授に余念がない。これまで制度制定に賛同し推進してきた立場からか、その制度が真に必要なのかには頬かむりである。これが、国民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現する弁護士の集団の正しい姿であろうか。

 

 ともかく、最高裁は,大法廷判決で、この制度はこの国に必要なのだ、今それが分からなくてもきっといずれ実を結ぶ時が来るというような当てにもならない夢を振り撒き、マスコミはこの制度に対する一切の批判を封印してしまっている。

 

 裁判員制度は、国民が求めたものではない。それどころか、制定時から現在に至るまで多くの国民から嫌われている制度である。一刻も早く制度を廃止し、現裁判制度の抱える問題点を、時間をかけても明らかにし、衆知を集めて改善の道を見出すべきである。私個人としては、現在の官僚裁判官選任制度によらない法曹一元制度を見据えた国民を守る真の裁判官を生みだす制度を考案し、実現させる努力を続けるべきではないかと思っている。

 

 ともかく、目を覚まし、裁判員制度の真実の姿を見極め、それを多くの人々が声に出して広く訴え続けることが求められる。



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