司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

これは、ある意味、民主主義社会の「誘惑」というべきものなのだろうか。
九州電力「やらせメール事件」を見て、改めてそんな思いがよぎった。「偽装」という言葉がとびかうこの社会のなかで、「民意」もまた偽装されるという現実である。

 これを「誘惑」と表現したのは、とりもなおさず、この手法はもはやこの社会で少しも珍しくない、度々目にするものだからだ。この社会で「民意」が錦旗であることを知る人の耳元に、この不正への「誘惑」の言葉をささやく悪魔がどうやらいるらしい。

 忘れてはならないのは、この司法改革でも、この悪魔のささやきに負けた推進者がいたことである。2006年12月に発覚した政府主催タウンミーティングでの「やらせ質問」、さらに2007年1月に発覚した最高裁などによる裁判員制度全国フォーラムでの、いわゆる「サクラ動員」である。

 タウンミーティングでは、あらかじめ政府側が作成した質問を特定の参加者に行わせ、それに対して専門家が用意された回答を行う形で、発覚した全15回のタウンミーティング中、最多の6回が司法制度改革タウンミーティングでのものだった。

 全国64カ所で開かれたフォーラムで、参加申し込み数の伸び悩みから、募集業務を担当した産経新聞大阪本社がかかわった大阪2回と和歌山、千葉日報社がかかわった千葉開催で、1人5000円~3000円を払って、人を集めたというものだった。

 いうまでもないことだが、今回の「やらせメール」まで含めて共通するのは、劣勢の世論状況である。原発の再稼働というテーマが、今、極めて劣勢な世論状況のなかで据えられたテーマであったように、司法制度改革のなかでも、とりわけ裁判員制度については、はっきりとした国民が敬遠した、いわば逆風的な世論状況にあった。

 「民意」の偽装という禁じ手は、まさにそういう状況のなかで登場する。
タウンミーティングについていえば、「市民の声」を仕込んだ側の頭の中には、当日、会場に埋め尽くされた「改革」反対派による主催者吊るし上げ大会になる悪夢もあったといわれる。フォーラムについては、発覚後、産経新聞は「不適切な募集活動」があったことを認め、紙上で謝罪したが、金銭を使って人を集めるという行為自体は、その効果から「適切」と判断して行われた行為であったことは疑いようがない。

 つまり、両者とも中身の問題ではなく、外形さえ整えばいいことを確信して行った行為なのである。逆にいえば、外形さえ整えば、なんとなるという読みがこの不正に手を染めさせているといっていい。この瞬間、偽装する行為者は、本当の民意でないものが、「民意」という顔をして、この社会でまかりとおることになんの躊躇もないということになる。そこに、この不正の最大の悪質さがあるといっても過言ではない。

 それにしても、世論・民意の偽装という民主主義の「自殺」ともいうべき行為が、「国民の健全な常識の反映」をうたう制度導入に際して行われていたという事実である。このことは何を意味しているのだろうか。

 見方を変えれば、裁判員制度の順調をアピールする大量の報道や、あるいは実際には取捨された末の市民を母数に調査した結果である高い出頭率、さらには9割以上と強調される経験者の「やってよかった」コメントのなかにも、本当の「民意」を映し出さないようにする意図と思考が潜んでいるようにはとれないだろうか。それは、見方によっては、前記「偽装」と同じ顔をしているように思える。

 私たちは、やはり二つのことに注意を払っていかなければいけない、ということだろう。一つは、民意が投げかけられないまま、「民主主義」的制度をいう「改革」の矛盾、そしてもう一つは、私たち自身の声が「偽装」されかねない現実である。



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