司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>


 やはり、この国はとっくに限界を超えている。改めてそんな気持ちにさせられる、金融庁の審議会報告書をめぐる安倍政権の姿勢。高齢者無職世帯の赤字は5万円、20年~30年の人生があるとすれば1300万円から2000万円不足――。この報告書の受け取りを、麻生金融担当相はあろうことか拒否したというのである。

 「公的年金では足りないと誤解・不安を与えた」「政府のスタンスと違う」というのが言い分として伝えられている。政権がいう「人生100年時代構想」の具体化のなかで、有識者や省庁横断のメンバーが参加した会議の報告書である。そこで示された懸念であれば、当然真摯に受けとめるべきであり、封印などあってはならないはずだ。

 その筋論を政権が分かっていないはずがない。それでも、という理由として取り沙汰されているのは、ほかならない参院選への影響である。そのための火消しに躍起という見方が出ているが、それでは国民の懸念や疑問をそのままにも、批判を避けて選挙に臨みたい、という話になる。

 年金問題への不安が消えないだけではない。公文書の改ざん、隠ぺい、あるいはその過程でクローズアップされた忖度。そうしたこの政権をめぐる問題を、さんざん目にしてきた末のことである。まさに「あったものをなかったことにする」「それができると考えている」という、共通する手法でつながるが、今回は、さらにはっきりと出されている政府の報告書をなかったことにするという、あかなさまぶりである。やっぱり、体質は「そういうことではないか」と言いたくなる。

 報告書の内容が、「政府のスタンス」と違うというが、この手法そのものが、一連のこの政権の「スタンス」ではないか。

 野党側は、国会内のヒアリングで、大臣が諮問した審議会の報告書を、法律上、その大臣が受け取り拒否できるのかを追求したが、金融庁側は法律上の定めがない、という返答を繰り返した、と伝えられる。しかし、こんな言い逃れが通用すると本当に思っているのだろうか。議員からの指摘もあるが、「受け取らない」「法律上定めがない」ということになれば、政府に都合がいいことだけ受け取り、逆に受け取られるものをまとめる、という政権忖度の土壌ができあがりかねない。

 そして、もう一つ、いつも同じことを結論として付け加えなければならない。つまり、前記したように、自分たちの行動がどういうものなのかを分かっている、一部批判が出ることも百も承知、しかし、それでも押し通せる、通用すると、政権側が考えていること自体の問題だ。政府への不信を煽るものであり、国民の不安にこたえない姿勢とメディアはいうが、そこまでは政権もおそらく想定内。問題は参院選への影響を考えれて、ここで強引に「なかったことにする」方を優先しても、この国の国民はなんとかなる、という、驚くべき侮りが、ここに見てとれてしまうことだ。

 権力を維持することの前に、国民の理解も不安も関係ない。安倍政権は、まるでそれが通用する前例を創り、積み上げようとしているようにしか見えない。民主主義国家の踏み外してはならない限界を既に超えている、この政権とそれを支える政治家たちに対して、森友・加計問題同様、国民の怒りと、こだわりと、関心を、とにかく持続させることが、今、こそ求められている。



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