司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>




 ウクライナ戦争に対して、この国の政府からも、大手メディアからも、即時停戦の必要性をいう論調は、依然聞えて来ない。この戦争を、今、止めてはならない、という点では、同一歩調といっていい。

 その理屈は、ある意味、一辺倒だ。この戦争は、ロシアの一方的な侵略によるものであり、これはプーチンの権威主義との対決だ。今、ウクライナとの間で停戦すれば、それを許すことになる、と。

 だから、メディアは、連日のように、バイデン政権のウクライナ支援予算の枯渇やトランプ前大統領再当選後成り行き、国際社会の「支援疲れ」を恐れ、日本としての非軍事での支援の必要性を呼び掛けている。

 しかし、日本は、いつから「止めてはならない戦争」という価値感を持つ国なったのだろうか。日本は国際紛争を解決する手段としての戦争も武力行使も行わないことを憲法で規定し、いわば国是としている国である。例え領土を腕ずくで奪われても、それを腕ずくで取り返すことはしない国のはずである。

 他国の選択であっても、日本が人道的に支援する場合でも、その価値観からすれば、領土奪還戦争の継続を支援するのではない、ということを、非軍事的支援で筋を通すのと同様の理屈で、前提とし、クギをさすべきではないか。このことをこれまでも、このコラムで書いてきた(「『停戦』を前提としない『支援』の見え方」 「メディアによる『停戦』の使い分け」 「ウクライナ支援と憲法9条の立場」)。

  だが、大手メディアの姿勢を見ると、この点を看過しているというよりも、国民をむしろ前記日本の立場とは、逆の価値観に確信的に誘導している、むしろ日本の徹底した非戦の価値観から大衆の目を逸らさせようとしているようにすら感じるのである。・

 最近、朝日新聞が立て続けに掲げた、この戦争に関する論調には、それが顕著に表れている。

 「ウクライナ支援は、二度は世界大戦を経て、国際社会が作り上げた大原則を守ることを意味する。国際法や人権を尊重して、戦争犯罪を防がなければならない」

 「『ロシアの論理がまかり通れば、民主主義の価値観の敗北になる』(ウクライナ兵士の言葉を引用)」(以上、2月24日付け朝刊1面、ヨーロッパ総局長)

 「私たちも、認識を新たにしたい。この戦争は今後も長く続く可能性があること。その結果、侵略者が得をする事態に至れば、模倣する勢力が後に続き、力と恐怖が支配する世界が現出しかねないこと。私たちの未来のためにも、息長くウクライナを支えていく責務があることを」

 「ロシアとの一体化を一貫して要求している以上、仮に戦争停止が実現しても、遠からず目標達成狙うだろう。再侵攻を封じ手立てが必要だ」

  「各国がこの戦争を『わがこと』と考え、戦闘長期化も視野に入れ、それぞれ持続可能なウクライナ支援策に知恵をしぼらねばならない」(以上、同日付社説)

  「日本はウクライナ支援で独特の立場に立つ。欧米の武器支援を批判して即時停戦を主張する国に対しても、少なくともロシアの国際法無視には毅然とした態度を示すよう求めることはできはずだ」(2月26日付け朝刊オピニオン欄「記者解説」国際報道部)

  仮に「復興」という文字を冠したとしても、明らかに戦争継続、この戦争でアクライナを敗北させないためのもの、そしてそれは第二次世界大戦後の国際秩序を守るための、許される「正義」の戦争である、と言っているように聞こえる。

 しかし、言うまでもなく、この戦争貫徹の中で、両国の無辜の民が動員され、殺し合い、戦闘に関与していない無辜の民の命も犠牲になる。しかも、国家間戦争の「正義」が、常にそれぞれの立場で語られ、振りかざされることも私たちは、教訓的に知っている。

 朝日が振りかざす脅威や価値観や国際法違反が、「正当」な主張であったとしても、前記避けられない犠牲の存在を考えるならば、まず、両国の戦争をやめさせなければならない。

 「朝日」の論調は、各所で2014年のロシアによるクリミア併合について言及し、その時、各国が事実上黙認したことから、今日の全面進攻につながったとする見方で、それを「教訓」のように取り上げている。しかし、力によって取られたものは力によって、戦争も辞さない姿勢で取り返さなければならない、という「教訓」とされるのは、筋違いのはずである。

 そこにクギを刺す気配がない大手メディアの姿勢をみると、その論調は、もはや確信的に一線を越えているのではないか、という不安を強く感じてしまう。



スポンサーリンク


関連記事

New Topics

投稿数1,164 コメント数404
▼弁護士観察日記 更新中▼

法曹界ウォッチャーがつづる弁護士との付き合い方から、その生態、弁護士・会の裏話


ページ上部に