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 1年に1回日弁連が発行する「弁護士白書」には、毎回、「弁護士人口の将来予測(シミュレーション)」というデータが掲載されている。端的にいえば、「改革」の弁護士増員政策がこのまま続いた場合、将来的にこの国の弁護士の数はどのようになり、弁護士1当たりの国民数もどう変化するのかを予測しているものだ。その年の司法修習修了者の95%に当たる人が、ヤメ検・ヤメ判も含めて新規に弁護士登録し、43年で死亡・引退によって実働法曹ではなくなるという仮定から、毎年算定している。

 

 昨年末に発行された最新の同白書1016年版にも、2018年以降、毎年の司法試験合格者を1500人に固定した場合の、今後の弁護士数の未来が描き出されている。それによると、現在約3万9000人近くいる弁護士は、さらに増え続け、30年後の2048年には6万3715人になり、2053年からは減少に転じ、2061年に新規法曹と死亡・引退者が均衡し、5万7265人で安定する。一方、この間、日本の人口は減少し続けることも換算し、弁護士1人当たりの国民数は、同年には現在の半分以下の1496人となる、と予測している。

 

 2015年発行の2014年版まで、同白書のこのコーナには、年1500人増とともに、年2000人を想定したシミュレーションが併記されていたが、翌年の版から姿を消している。2015年6月に政府の法曹養成制度改革推進会議が、年1500人を最低死守ラインとする検討結果を出し、翌年3月には日弁連も臨時総会で、早期に1500人を目指す方針を可決しており、もはや現実的に考えて、1500人以上想定する必要がない、という判断がうかがえる。

 

 実は不思議なことに、毎回、掲載されるシミュレーションが、このまま現実化するなどと考えている人は、業界内にもほとんどいない、といっていい。参考程度の仮定なのだから問題ないといえば、それまでだが、多くの弁護士は現状を考えれば、この国の未来に前記したような数の弁護士が生存し、持ちこたえられるとは思っておらず、誰一人として、その結果として40年後の未来に、弁護士が今の倍以上、国民に身近になっているなどと考えてはおらず、また、それを想像もできないのである。

 

 では、このシミレーションから本当は何を読みとれてしまうのか。それは、いうまでもなく、二つのことだろう。つまり、当初の年間3000人合格を目標とする「改革」の旗が降ろされても、依然、弁護士の激増政策は延々と続くこと。そして、もう一つは、そのまだスタートラインにいる年間1500人合格が、弁護士の将来的な、現実的生存可能性という要素をいかに考慮していない数値なのか、ということだ。どうしてそうなるのかといえば、いうまでもなく、既に現時点において、弁護士過剰がいわれ、弁護士の経済状況は激変し、そのことによって、志望者が離れるという事態まで生まれており、さらに、それがこの増員基調のなかで彼らの生存を前提に解決していく、という道筋が全く見えない「改革」の現実があるから、にほかならない。

 

 だから、ある意味、皮肉な見方をすれば、この白書の将来予測は、弁護士からすれば、この年1500人合格が続く増員基調への警鐘と読むこともできる。つまり、この国に6万人以上の弁護士が存在する社会を想像できますか、その必要性を感じますか、それだけの弁護士が生存できる有償のニーズがこの国に存在すると思いますか、そして、現実的にこれは実現せず、一定の数で弁護士数が落ち着く形になるとしても、この増員基調の継続は、社会にいい結果をもたらす、といえますか、との問いかけになる。

 

 法務省が12日、今年の司法試験合格者を発表した。受験者は前年を932下回る5967人で、合格者は40人減の1543人。受験者も合格者も減る中で、合格率は前年を2.91ポイント上回る25.86%というところに、司法試験の選抜機能への疑問や前記「改革」路線の政策的意図への憶測を呼びかねない結果ではある。その一方で、法科大学院本道主義からは「抜け道」扱いされている「予備試験」組の合格者は290人、合格率72.50%(法科大学院修了組合格率22.51%、法科大学院トップの京都大学が50.00%)という結果も出ている。

 

 法科大学院関係者からは、司法試験が法科大学院の現状に合わせ、合格させることで(合格率を上げる)ことで、志望者が回復するという趣旨の主張が聞かれるが、その実現性もさることながら、この現実的な数値をみるだけでも、それがいかにも本道主義にとって都合のいい言い分に見えてしまう。

 

 この結果を報じた9月13日付け朝日新聞朝刊は、「政府が目標とする1500人をわずかに上回った」などとしているが、前記したように政府としては1500人は積極的な目標ではないので、より最低死守ラインを脅かす結果とみるべきであり、かつ予備試験組との合格率格差においては、法科大学院制度そのものも、さらに脅かされている、ということが、もっと伝えられるべきだったようにみえる。

 

 ただ、そのこともさることながら、論評なしで、試験結果だけを伝えたこの記事からは、法曹養成をめぐる「改革」路線の行き詰まりは読み取れたとしても、この1500人合格を死守ラインとしてしがみつくことの意味、そしてそれが何をもたらそうとしているのかは全く読みとれず、社会にも伝わらない。

 

 「改革」が引いた路線、制度・政策の維持を前提としないときに、今、何が一番問われるべきなのか。そこから考えなければならない時期にきているはずである。



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