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 〈「人を残す」ということの本当の意味〉

 親と子は、どういう生き方をしたら、「いなべんの哲学」を実現できるかという問題は、最後の段階では、法律の言う相続という局面に行き着きます。つまり、親が残した財産を、子がどう引き継ぐかという問題になります。

 ですが、その最終の局面に到着する前に、残す人と残される人の間で、普段から財産に限らないで、何を残し、何を残してもらうかということを話し合っておくことが大事です。言葉に出さなくても、その意識が必要です。そして、関係者全員の気持ちを一つにしておきことが大事であり、そのスタートは、子育ての時点から始めなければならないのです。

 それをしないでおいて、相続問題を財産だけの問題として残してしまいますと、血で血を洗う肉親同士の相続争いになりかねません。法律や裁判で解決しようとしたら、親子、兄弟、親族の「関係断絶」となりかねないのです。

 こうなっては、相続は「まわりの人といっしょに楽しむ」どころではなくなってしまいます。残された人のことを考え、一生懸命に頑張って残した財産が仇になってしまいます。そうなるのは、普段からの話し合いが足りなかったのかもしれません。

 話し合うといっても、普段、親は子に対し何を残したいか、子は親に対し何を残してもらいたいかなどと、口に出して言うことはあまり考えられません。まして、書面にしておくことなど、どんな親でもほとんどありません。

 残す人と残された人との間での話し合いというのは、常日頃の生活の中で、互いに語りかけ、受け止め合うということになります。気持ちと気持ちの交換です。日頃から気持ちを伝え合い、分かり合っておくということです。互いに相手の気持ちを認識し、理解し、納得し、歩み寄っておくということです。

 これは残す人が亡くなってからではできません。残す人が生きているうちにしなければなりません。これは、子どもが小さい頃から、普段の生活の中で構築しておく必要があります。子育ての中心となる部分です。

 言葉を変えて言えば、「子育ては、親が子に何を引き継ぐか」という問題でもありそうです。「カネを残すのは下、人を残すのは上」というのは、そういうことではないでしょうか。

 「残す人は残された人に、何を残したらよいか」という問いに対する答えは、「世の中を生きぬける人間としての力」ということになります。その力の中には、経済力もあります。ですが、カネだけではありません。カネがあったとしても、世の中を生きぬく人間としての力がある、とは言い切れません。

 残された子が、世の中から信用がなく、世間の嫌われ者となったり、まわりの人に迷惑をかけるような人間となっては、「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という「いなべんの哲学」は実現できません。

 「世の中を生きぬく人間としての力」を身に付けるためには、この世界をどう生きるべきかという、生き方についての、しっかりした考え・気持ちが大事です。残す人が築き上げた世の中を生き抜く人間としての力を引き継ぐことこそ、「人を残す」ということだと思います。


 〈普段の生活の中で積み重ねてできるもの〉

 財産の引き継ぎは、残す人が亡くなる直前、または直後に遺言書や遺産分割協議書という格好で解決することになるのは止むを得ません。そもそも引き継ぐ財産が残るかどうかさえ、その時が来るまで分かりません。ですが、「世の中を生きぬく人間の力」は、残す人が亡くなる直前に、残される人に残してやろうと思っても手遅れです。

 死んだ後に残された人に読んでもらう遺言書や遺言書の付言やエンディングノートでは足りません。それでは遅いのです。「人を残す」と言っても、人は一朝一夕には残せません。長い時間をかけ、人はつくらなければできません。人は幼少の頃よりつくらなければつくれないのです。

 残す人が生きているうちに、長い時間をかけやっておかなければならないことです。残された人が子どもの時からやっておかなければならないのです。普段の生活の中で積み重ねてできるものです。カネを積めばできることでもないのです。「人生は、どう生きるべきか」という哲学をもって、共有しておくことが肝要です。

 それは、「人間とは、どう生きるべきか」という、生き方の問題です。難しく言えば、哲学です。残す人の哲学を、残される人にどのように引き継がせるかという問題です。長い時間をかけ、残す人と残される人との気持ちの交流の中から生まれてくるものです。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


 

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