〈弁護士法1条の「社会正義」〉
多数決で決着をつける政治の世界の誤りを是正するのが、ここでいう正義であり、弁護士法第1条のいう「社会正義」とは、個々の人命と人権を守るということである。ここでいう社会正義を多くの人の利益などと考えたら、個々の人間の人命と人権は軽視されたり、無視されたりしかねない。「国のために特攻しなければならない」などという考え方は、特攻する人の命は全く考えられていない。こんなことを許してはならない。
ここでいう正義とは、国とか社会とか世間とか、より多くの人のためになるということではなく、一人一人の人命と人権を尊重するということであると考えなければならない。地方弁護士は、普段からこういう考え方を地方住民に説き広めなければならない。
弁護士は、少数者の考え方であっても、弱い立場の者の考え方であっても、個々の人命と人権を守るために、その考え方が正しいと思ったら、その考え方を擁護しなければならない。例え世の中の多くの人の考え方であっても、世間のムードであっても、個々の人命と人権を犠牲にしたり、侵害する考え方には断固として反対しなければならない。そういうことを他の人に先駆けてやるのが弁護士の役割である。
人命と人権を守るということは、個々の人命と人権を国家権力などの大きな力から守ってやるということである。少数者を社会の多くの人の圧力から守ってやるということである。それが弁護士法第1条のいう社会正義である。弁護士は、それが国家や巨大な団体や世間の大多数の人の考え方とは反対であっても、それが少数の者の考えであっても、弱い者の考えであっても、個々の人命と人権のためにプラスとなる考え方であれば、それを擁護しなければならない。
弁護士の社会的使命は単純明快だ。個々の人命と人権を守ることが、その社会的使命だ。ここでいう正義とは、別な言葉を使えば、弁護士は「強きをくじき、弱きを助けること」となる。それこそが弁護士の社会的使命であるということになる。地方弁護士も弁護士である以上、強きをくじき、弱きを助けることが社会的使命である。国家機関などが不当な主張をしたら、理論武装を整え、それを打ち負かす主張をしなければならない。理論武装は、一人でも十分にできる。
国家のために特攻隊を送り出すとか、村のために娘を人柱に立てるなどということに対しては、どれほど多くの人が賛成しようとも、弁護士は始めから最後まで反対しなければならない。国のためだからやむを得ない、村のためだからやむを得ない、多くの人のためだからやむを得ないなどと考える輩は、弁護士となってはならない。多くの者のためになるなどの理由で、国や強い者のために、弱い者が犠牲になるようなやり方を阻止するのが、弁護士の使命である。
弁護士は、多数に与するようではならない。少数派や弱い者から犠牲者を出さないように働きかけなければならない。多くの人が言うから正義などと考えてはならない。弁護士は、少数意見者といえども、その人命と人権を侵されることのないようにバックアップしなければならない。犠牲となる人の命と人権を守らなければならない。弱い者を助けるために、強きをくじかなければならない。
〈地方住民に発信する役割〉
社会正義とは、「より多くの人のため」とか、「皆さんのため」などという政治家の言うような言葉に乗ってはならない。より多くの人とか皆のためになるかどうかとは別に、個々の人間の命と人権を擁護するのが、弁護士の社会的使命である。
地方弁護士は、地方住民の中において、一人一人の地方住民が、国とか政府とか世間などという大きな力に弾圧されるような場合には、その弱い立場の人を助ける役割を果たさなければならない。たった一人の人間でも、その人の人命と人権を、国家機関や世間から守ってやらなければならない。
国のために特攻が必要だと言うのなら、そう言う人が特攻したらよい。人柱が必要だと思うなら、自分がなればよい。青臭いものの言いようだが、戦争が必要だと言うのなら、そういう人がまず戦場に行けばよい。戦争は絶対悪であり、絶対にしてはならない。させてはならない。させないようにするのが、弁護士の社会的使命であると確信している。地方弁護士には、地方住民を戦場に送り出すようなことを阻止する役割がある。
地方住民に分かり易いように、主権者は自分たち国民一人一人であり、自分たち地方住民一人一人であり、自分たち一人一人がものを言わなければならないという自覚を導き出すように、常日頃から地方住民に発信するのが地方弁護士の役割である。
地方弁護士は、それができるのは地方弁護士であるという自負を持って、地方住民に発信しなければならない。それができるようになるためには、地方弁護士は普段から、それ相応の勉強をしなければならない。
社会正義は、個々の人間の命と人権を犠牲にしては成り立たない。個々の人間の犠牲の上に成り立つ社会正義など、正義とは言えない。ましてや国と国とが武力で殺し合う戦争を正当化する正義などは絶対にない。
弁護士法第1条の「社会正義を実現する」とは、「一人一人の命と人権を守る社会を実現する」という意味だと解釈しなければならない。このように解釈して、はじめてこの規定に従うことができることになる。「正義の戦争より、不正義でも平和の方がよい」という言葉には、深く共鳴する。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)
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