司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>




 

 この国の国会や記者会見でしばしば繰り出され、まかり通ってきた政治家や政府関係者による、奇妙な論法がある。「仮定の話には答えられない(答えない)」という、あのおなじみの言い分である。仮定できるのに、仮定しない理由は、もちろん明らかではないし、絶対に起こり得ないと断定できるわけでもない。しかも、起きてしまえば、今度はまるで仮定できなかった(仮定できない対象であった)かのような、「想定外」という弁明がしばしば繰り出されることも、私たちは知っている。

 それでも前記の論法が繰り出された局面で、それても野党政治家や記者が、そのおかしさを突いて、徹底的にそこから先に踏み込んだり、踏み込めた場面はお目にかかれない、といっていい。あたかもこの論法を繰り出されると、まるでそこから先は踏み込めない、質問をかわそうとする側の「切り札」になっているような印象すらある。

 最近も、国会審議でそういう場面があった。3月2日、参院予算委員会での、中国との緊張関係がさらに高まった場合の、日本の経済的損失について取り上げた山本太郎議員と政府とのやりとり。中国からの部品等の輸入の8割、金額にして1.4兆の部材が2ヵ月間入って来ないだけで、日本企業の生産総額で53兆円の減少になるという、独立行政法人が紹介した論文に基づく衝撃的な内容を突き付けて、山本議員は岸田文雄首相に、中国と戦争になった場合の政府としての経済的な打撃についてのシミュレーションを行うよう求めた。

 ところが、これを岸田首相は、例の論法でかわしたのである。

 「外交を通じてわが国に好ましい経済環境を作っていくのか基本」

 「努力にもかかわらず、関係が破綻した場合、おかしな方向に行った場合の仮定の話について申し上げる材料は持っていない」

 「仮定の話に基づく議論を公の場で申し上げることは控えます」

 改めて問い直すのもばかばかしくなるが、ここでシミュレーションを求めている対象は、日本政府が仮定するのに値しないものだろうか。いやむしろわが国の経済にとって、明らかに仮定する必要性を否定する理由を見つける方が難しい。だとすれば、これには触れたくない、この論法でかわしたい、理由を明らかにできない、別の事情があることを疑われても仕方がない。

 しかも、今、本性を現し出している、岸田政権の軍拡路線にあっては、その必要性を導き出すに当たり、仮定、想定の話はされてない、とでもいうのであろうか。実に都合がいい、使い分けがみてとれてしまう。

 もっとも前首相、前々首相にもこの論法が繰り出され、その都度、ネットなどでは国民からの同様の疑問符がふられてきたといえるが、結局何一つ変わってはいない。むしろ、ここまでくると、「通用した」という成功体験として、受け継がれ、受け継がれていく論法と化している観がある。

 この論法「悪用」の起源をうかがわせる話が、実は弁護士界隈から聞かれる。裁判の証人尋問において、質問された側が、この論法を使える場面がある。証人の経験した事実に基づかない意見や推測の陳述を求める質問は原則禁止されており、証人はそうした質問へは前記論法で拒否できる(民事訴訟規則115条2項5号,6号,刑事訴訟規則199条の13第2項3号,4号)。

 しかし、これはあくまで事実認定にかかわることであり、将来起こり得る事実を想定(仮定)して政策決定に反映することが求められる場合とは、全く異なることもまた、彼ら専門家も当然指摘している。つまり、勘違いか、分かったうえでの故意か、すべてに通用するわけではない前記拒否論法を、彼らは自らに都合の悪い答弁から逃げる、はぐらかしの口実として使えることを知ったのではないか、と。それだけに、この現実に実は弁護士が絡んでいるかもしれないとする、いわば入れ知恵説(当然専門家の彼らは間違った使用法と認識しているうえでの)まで、一部に聞かれるのである(徳本法律事務所 情報・コラム東京中央法律事務所の公式ブログ「弁護士の雑記帳」)

 ただ、この状況を変えるということであれば、このおかしさを徹底的に理解しなければならないのは、やはり追及する側であり、許させない側の私たちの方である。この論法に味をしめた彼らの、自覚に期待できないのであれば、彼らに「通用しない」と分からせる緊張感を、私たちが作っていくしかないのである。



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