〈人格欲、利他欲〉
「カネの問題は何とかなりそうだ」と安心した途端に、「事務所便りを出さなければならない」「原稿の締め切りが近い」などということが気になり出しました。「いなべんの欲望のピラミッド図」の物欲・金銭欲より上に位置している社会欲・名誉欲が甦ったのです。この欲望は人間特有のもので、犬や猫にはないと思いますが、いかがなものでしょうか。
普通食に戻りました。どんどん「生きている」という実感が強くなってきました。欲望の質が、「欲望のピラミッド」の底辺部分より、上部へ上部へと上がってきました。「残された人生をどう生きようか」などという思いが湧いてきました。この欲は誰にでもあるとは言えず、犬や猫だけではなく、人間でもあまりない人がいそうです。同じ人でも、考えるときと考えないときがあります。食欲のように、一定の時間をおけば誰にでも必ず出てくるというものではありません。
弁護士業という争い事に巻き込まれた日常を送っていますと、外からですが、他人の心の中を覗く機会が多くあります。少なくとも、この欲望が薄い人は大勢いるように見受けられます。この欲望がもう少しあれば、円満に解決できるのに、と思うことは少なくありません。
物欲・金銭欲に目がくらみ「人間はどう生きるべきか」などという考え方や「相手の立場を思いやる」などという余裕をすっかり失ってしまう人も少なくはありません。「貧すれば鈍する」で、物欲・金銭欲にこだわり過ぎるとこの欲望は、鈍くなるようです。
物欲・金銭欲も一応大丈夫、原稿の締め切りにも間に合うと安心したところで、釈迦や孔子の本を読み出しました。「人格欲」と言うべき、「いなべんの欲望のピラミッド図」の頂上近くまで私の欲望は戻りました。「食べたい」という食欲、「貯めたい」という物欲、「認められたい」という名誉欲を超えて、「ものごとの善悪を正しく判断する力や道徳を備えた人間としてより値打ちのある人間になりたい」という欲望が甦ってきました。「人格欲」と言えそうです。
「自分を人格的に高めたい」という欲望と似通った欲望の中に、「他人のために役立ちたい」という欲望がありそうです。東日本大震災における多くの人のボランティア活動を目の当たりにして、よりそのことを実感しました。学生や民間人のボランティア活動や自衛隊員の救済活動を目にする度に、人間には「他人の役に立ちたい」という欲望かあることを実感しました。「利他欲」と言えそうです。
釈迦が悟りを開いた後、布教・伝道活動に入ったのは何故なのか、疑問を持った時期がありました。釈迦ほどの方が、名誉欲などというレベルの欲によって動くはずはないと思ったのです。比較的最近になって、「いなべんの欲望のピラミッド図」の頂上に位置する「他人の役に立ちたい」という欲望、即ち「利他欲」が原動力だったのではないかと思うようになりました。欲望には、「自分のため」という欲望の他に、「他人のため」という欲望もあるのです。
〈「欲望のピラミッド図」のより頂上を目指すべき〉
これまで述べてきた欲望のピラミッド「いなべんの欲望のピラミッド図」(底辺から①動物欲〈食欲・性欲〉、②物欲〈金銭欲〉、③社会欲(名誉欲)、④人格欲〈利他欲〉の順)は、何かを参考にしたものではなく、全くの思いつきです。体験を通して受けた私の印象です。私の感想、つまり私感です。裁判所の言葉を借りれば、「弁護人一個人の見解で取るに足りない」などと言われそうです。私の体験から得た私の印象をそのまま書いたものですから、他人がみれば取るに足りようが足るまいと、私の印象は、それ以上でも、それ以下でもないのです。
欲望は、実際はこの図のようにはっきりと区別できるものではないと思います。いろいろな欲望が渾然一体となり、区別がつかないのが本当の姿だと思います。しかし、これは欲望の本質を考え、欲望をコントロールする際の参考になることもありそうな気がするのです。頭の整理や説明の便宜、そして「戦争防止」を考える際にも役立ちそうなのです。
戦争は、この図の「物欲」が主な原因となっている気がします。人間以外の動物は、動物的欲望’(食欲・性欲)によって命懸けの争いを繰り返していますが、人間が惹き起こす戦争は、主に物欲(金銭欲)によるもののようです。歴史的には、宗教戦争と言われる戦争もあります。これは、単なる物欲・金銭欲だけが原因ではなく、社会欲・名誉欲なども原因となっていると思います。「心望」が絡んでいそうです。いくつかの欲が複合的に原因となっているのだと思います。いずれにしても、欲が原因です。
欲望のビラミッド図の底辺部分の欲望をいかに抑え、より頂上部分を目指すかが、戦争を防止する方法の二つ目の柱である人間の心のあり方の調整を図る上で肝要となります。欲望を掘り下げ、そのコントロールり方法を調整する問題は、サミットなどて十分に議論するべき事柄だと確信します。
心のあり方の調整は、物欲と名誉欲の人一倍強い方が多く集まっている政治家や企業家だけに任せておくことのできる問題ではありません。任せておいてはいけないのです。もっと欲望のビラミット図の頂上近くの欲望を強く持っている方に議論してほしいのです。
米国や日本の昨今の状況はいかがなものでしょうか。カネ儲けの亡者とも思える不動産王や祖父・父・自分と3代にわたり政権を奪取しようとする一族などの物欲と名誉欲で凝り固まっている人物が、政治の世界を牛耳っているように思えてなりません。主権者である国民の監視が不可欠です。
物欲・金銭欲の塊のような企業家あがりの大統領などに任せっ放しで、戦争は起こりかねません。米国大統領選挙の結果などを見ていますと、不安になります。それに無批判に追従し、自分の地位を守ろうとする総理にも不安を覚えます。総理大臣も大統領も選んだのは、結局は国民ということになります。国民一人一人の責任は重いです。戦争防止のための心のあり方の調整には、国民一人一人の感性が求められるのです。「これは危ない」と感じる感性を普段より磨く必要があります。
国民が戦争を防止すために、戦争の危機の臭いを感じ取る鋭い感性が必要です。その感性を身に付けるためには、「いなべんの欲望のピラミッド図」も何かの役に立つのではないかと思うのです。一国の首相や大統領が、この図の底辺部分の欲望にしか思いが及ばないような人間だったら、そのような人間を選ばないで、もっと頂上に近い欲望を大事にする人を選ぶことが大事なことになります。
物欲・金銭欲だけで、経済だけを重視する政治家を国民が選ばないことが戦争防止のために極めて大事なことになるものと確信します。そして政治家だけに限らず、国民一人一人が「欲望のビラミット図」のより頂上を目指すことが肝要なのです。
(拙著「新・憲法の心 第21巻 戦争の放棄〈その21〉」から一部 抜粋)
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