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 〈知恵を得る機会がないままなる弁護士〉

 地方弁護士となって30年間は、闘犬的仕事に明け暮れた。その後10年間に及ぶ闘病生活を体験し、地方弁護士は知識を切り売りする仕事に止まってはならない、知恵を周囲の人に提供しなければならない、という思いを抱くようになった。

 地方で開業する弁護士は、専門馬鹿から知恵者に脱皮しければならない、という思いが湧き、遅蒔きながら法律の条文や判例や法理論だけではなく、人間として生きていくために必要な知見を幅広く勉強しければならいという思いに至った。

 「知識」とは、手元の辞書では、「物事について知っていること」とある。「知恵」とは、「物事の道理をわきまえ、正しく判断したり、適切に処理する能力」とある。

 知識と知恵は似てはいるが、その本質・内実は全く違う。知識は物事を知っているというだけであり、道理をわきまえ、正しく判断した、適切に処理する能力がある知恵とは違う。知恵は、物事を知っているだけでは足りず、物事の道理をわきまえ正しく判断し、適切に処理する能力がなければならならない。物事について知っていても、知恵があるとは言えない。

 弁護士資格を取るためには、司法試験に合格し、司法研修所の研修を受けて、その卒業試験に合格しなければならない。私が資格を取得した半世紀以上も昔は、ロースクールはなく、司法試験には口述試験があり、その場で法曹としての適格があるかどうかを試された。

 ロースクール(法科大学院)ができてからは、大学の法学部を卒業し、ロースクールを卒業し、司法研修所に入り研修を受け、そこを卒業し、弁護士資格を取るというのが、一般的なコースとなった。学歴は、相当長くなる。

 大学で4年、ロースクールで2年、司法研修所で1年だけでも、7年間も法律に関する知識を詰め込む。司法試験に失敗すれば、その知識の詰め込み作業は、さらに長く続くことになる。この間に勉強するのは、法律の条文とか、判例とか、法理論などの法律に関する知識がほとんどだ。

 このようにして弁護士資格を得ても、その中味は、法律に関する知識がいくらか詰まっているに過ぎない。知恵、つまり物事の道理をわきまえ、正しく判断したり、適切に処理する能力を養成する機会はほとんどないまま弁護士になる。口述試験もなくなっているので、法曹適格の有無を試される機会もない。

 法律の知識を覚える作業だけに集中しているから、知恵を得るための機会はほとんどないまま弁護士になる。ここの認識が重要だ。知識を得るためだけに全力を出し切っているので、知恵を得るために必要な経験が不足することになりかねない。

 遊びの中にも知恵を身に付けるために役立つことはある。実践しなければ分からないことは、山ほどある。失敗しなければ、身に付かない知恵もある。試験合格だけを目指し、机に向かっての勉強ばかりでは、知恵は身に付かない。そのようにして弁護士資格を取っても、商売人としての知恵は身に付いていない。


 〈地方住民が必要としている知恵の提供〉

 詰め込んだ法律に関する知識は、最近ではネット情報で誰でも簡単に知ることができる。配偶者の法定相続分は2分の1、子供の相続分2分の1を子供間で均等割にするなどという知識は、わざわざ弁護士事務所を訪ねなくても誰でも容易に手に入る。

 このような時代になって、なお知識の切り売りのような仕事では、地方住民が本当に必要としている知恵のサービスを提供しているとは言えず、地方弁護士としての役割を果たしているとは言えない。地方住民が求めている知恵を提供しなければ、地方弁護士は地方住民から必要とされなくなる。地方弁護士の商売は行き詰ることになる。

 地方で開業する弁護士は、法律に関する分野に限定しないで、広く生活全般、つまり人間が幸せに生きていく上で必要なことの全面にわたって、地方住民に知恵を提供する仕事をすべきである。

 そうしなければ、これから先、地方で開業する弁護士は、地方住民のために本当に必要な存在とはなり得ない。必要な存在でなければ、商売は成り立たない。地方弁護士は、知恵者とならなければならない。

 しかし、弁護士を目指すような人は、小さい頃から高い偏差値を目指し、進学校入学を目標に知識詰め込む勉強をし、進学校に進めば、さらに高い知識を詰め込む勉強をする。司法試験も最近は、知識を試すような試験になっている傾向がみられる。

 知識を詰め込む勉強に明け暮れて、弁護士資格を取り、弁護士となったら。法律の条文や判例や法理論については、法律の素人よりは分かるが、机に向かっての勉強ばかりで、他の経験が不足しているため、知恵者とはなっていない。世の中で言う専門馬鹿となってしまう。自分自身は、そういう地方弁護士を長い間、何の疑問も持たずやってきた。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~16巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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