〈97条と12条という規定〉
「基本的人権の本質」に関しては、前記の通り憲法97条が規定している。この規定は、これまで自分もあまり関心を持ったことはなかった。しかし、基本的人権を語る上では見落とせない。
他方、基本的人権の国民の責任については、憲法12条が「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と定めている。この規定の「公共の福祉」という言葉に、学者や法曹などの法律の専門家の関心は高い。この言葉にどのような内容を盛るかは、極めて重要である。
80歳記念本として「地方弁護士の役割と在り方(第2巻)――地方弁護士の社会的使命」を書き始めたところ、すぐ弁護士、従って地方弁護士の社会的使命は、日本国憲法を遵守するように国民に反対働き掛け続けることであると確信した。
そういう思いに至ったところ、それに関連して憲法97条の「基本的人権の本質」という見出しの規定と、憲法12条の「自由・権利の保持の責任」という見出しの規定が気になった。ここでそこを掘り下げるのは如何かという気もするが、「憲法の伝道師になりたい」という内容との関連で、ここで触れることは許されそうな気がする。
ここまで「憲法改正の動機」「憲法の前文」「憲法9条の哲学」について述べてきた。そこでは日本国憲法は、悲惨な戦争体験から生まれた人類史上最高の哲学であることを強調した。この憲法を全人類のため世界に普及させなければならないと確信しているということを述べた。日本国憲法を世界に広く行き渡らせるためには、まず日本において、この憲法の本質を日本国民に知ってもらうことが必要である。そんな思いで日本国憲法97条の「基本的人権の本質」と題する条項をまず見直したい。
そのうえで、日本国民はそのような日本国憲法に対し、どのような責任があるのかについて、「自由・権利の保持の責任」と題する憲法12条の条項を見直したい。
こういうことを国民に、地方住民に発信することも地方弁護士の役割だと確信している。地方弁護士の社会的使命は何かと改めて考えてみたところ、自分にできる地方弁護士としての社会的使命の主なものは、まず憲法を地方弁護士に説き広めることであるという思いに至っている。
弁護士は日本国憲法の伝道師となって、国民主権国家の主権者である国民に分かりやすく日本国憲法の考え方を説き広め、日本国憲法を守るように勧めることが、社会的使命であると気付いた。地方弁護士は、身近な地方住民に対し、日本国憲法を分かりやすく教え説き、一緒に日本国憲法を遵守していかねばならないと働き掛けることが、その社会的使命であると確信するに至っている。
〈多くの人の命と人権の犠牲の成果〉
そのような思いで「基本的人権の本質」と題する日本国憲法97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という規定を読み直した。
これまで、あまり気にならなかったことが気になり出した。それを国民に、地方住民に知らせたいという思いに至った。
まず「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて」とある。この点に注目したい。
深くは触れないが、明治憲法下では、国民は赤紙一枚で国家権力によって、戦場に送られた。戦場では基本的人権が保障されることなどあり得ない。戦場は殺し合いの現場である。戦場に送られること自体、既に基本的人権の保障の欠片もない。人命さえ無視され、殺し合いの場に駆り出された。
その結果、日本だけでも300万人を超える戦死者という犠牲者と、広島、長崎の原爆投下という人類史上最大の悲劇が発生した。その犠牲の上に日本国憲法は生まれ、基本的人権は保障された。
このことを忘れてはならない。これまでも述べてきたが、日本国憲法が保障する基本的人権は、そのような悲惨な体験の上に獲得されたものであることは、今更の感はあるが、絶対に忘れてはならない。日本国憲法は、97条で「基本的人権の本質」と題して、そのことを明記している。このことを改めて強調したい。
戦後生まれの安倍元首相などには、この規定のこの部分の存在とその意味、内容をよくよく知ってほしかった。「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」とは、言い換えれば、「多くの人の命と人権の犠牲の成果」と言い換えることができる。
それをよく理解もしないで、アメリカと一緒に戦争のできる国に戻そうなどと考える輩が政治家の中には少なからずいて、それに同調する国民が増える傾向にあることは嘆かわしく、情けなく悲しい。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)
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