〈ある日弁連会長候補者の指摘の真実味〉
令和4(2022)年・5(2023)年度日本弁護士連合会会長選挙の選挙公報には、3人の候補者の立候補の理由が述べられている。その一人の候補者は、「なぜ立候補したのか」で、次のように、地方弁護士の商売の現況と問題点を述べている。
これを紹介することは、地方弁護士の商売の現況を語るうえでは語り易くなる。老人の省エネのため、他人の褌で相撲を取ろうというわけである。
「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命としています。また、プロフェッションとしての弁護士には公益性が不可欠の要素です。このような弁護士の使命を全うし、公益性を維持するためには、弁護士の仕事を生業としていけるだけの経済的基盤の確立が必須です」
「ところが、2001年6月の司法制度改革審議会意見書に基づく司法改革によって、弁護士が激増するとともに、民事法律扶助と国選弁護関連業務を担うことになった法テラスが弁護士の真摯な取り組みを正当に評価しない結果、弁護士の経済基盤は、脆弱化するに至り、自由と正義で生きる弁護士という職業が存続の危機にあります」
「わたしたち弁護士は、今こそ『司法改革』の誤りを素直に認めた上で、このような弁護士の苦境を改善し、弁護士が10年後も30年後も50年後も生き生きと活躍できる環境をつくる必要があります」
この候補者が述べている「弁護士の経済基盤は、脆弱化するに至り、自由と正義で生きる弁護士という職業が存続の危機にあります」という部分は、それが事実とすれば、地方弁護士の商売を語る上ででは見逃すことができない。
弁護士の経済的基盤に対する、このような認識が、この候補者一人の思い込みに過ぎないのであればよいのだが、実際にこの通りだとすれば、地方弁護士の商売面は、極めて深刻な状況にあるということになる。果たして実態はどうであろうか。
いま地方弁護士は、経済的基盤が脆弱化し、存続の危機にあるということになれば、地方弁護士一人一人が必死になって考えなければならない状況に追い詰められていることになる。地方弁護士一人一人には、このような認識があるのだろうか。
他人の懐具合までは見えない。身の回りの弁護士とはいえ、他の地方弁護士の経済的状況については、その内容を知ることができないので語れない。他の地方弁護士の経済状況を知る機会は全くない。同年代の弁護士は、身の回りにはいなくなり、情報を交換する機会もない。
だが、地方弁護士を長くして来た身として過去の自分と比べての印象で言えば、地方弁護士の経済的基盤が脆弱化しているという感じは否めない。少なくとも自分の場合は、そう言える。他の地方弁護士事務所の目に見える範囲の運営状況から推測すると、この候補者が言っていることは、当らずとも遠からず、と言えそうな気がする。
私個人の印象としては、独立開業後約50年間を振り返り、地方弁護士の現在は、その商売面は相当厳しい状況となっていると言い切ることができる。自分自身のこれまでの経験においては、地方弁護士としての商売面は、年々厳しくなってきている、と実感する。
私個人についていえば、この候補者の指摘は、的外れだとはとても言い切れない。現在の地方弁護士の経済的状況を言い当てているのではないか、という印象が強い。地方弁護士の経済的な土台は、弱々しく壊れやすい状態となっているのではないか、と言えそうな気がする。
これまでの地方弁護士としての私の経験では、地方弁護士の商売は年々厳しい状況になっているという印象を受ける。私の過去52年間の弁護士生活の中で、現在は最も厳しい経済状態と言っても過言ではない。この先が心配な状況にある。
〈地方弁護士が多忙だった時代〉
仙台市で3年間イソ弁をし、31歳で宮城県気仙沼市に独立開業したが、開業当初から引きも切らずに相談者が来所し、受任事件数はいつでも数百件という数となっていた。
オーバーに言えば、門前市を成すという状況で、日祭日でも事務所を閉めることはできなかった。早朝から夜遅くまで働き通しの毎日だった。その習慣が身に付き、今でも年中無休である。事務局のスタッフは交代で休日を取るが、私自身は年中無休を続けている。事務局も日曜日は休むが、土曜日と祭日は、朝早くから夜遅くまで働いてくれている。
かつては、受任事件件数が多いから、一見当たりの収入は少なくても、トータルすれば収入は大きくなり、経済的には恵まれていた。最近は受任事件数が減少している。その原因は、地方においては人口の減少などで、事件数自体が減少しているのに対し、弁護士の数が増えていることにもありそうだ。
かつては刑事事件は全て私選で、刑事事件の弁護士料だけでも事務所の運営はできた。民事事件の着手金も報酬金も、法テラスなどの基準もなく、弁護士会の報酬規定に従って貰えた。規定で貰うのだから、遠慮なく今より高く貰えた。最近の刑事事件はほとんど国選弁護であり、民事事件も法テラスの報酬が基準とされることが多く、安く抑えられ、収入減となっていることは間違いない。
独立開業した宮城県気仙沼は、人口7万人位の小都市だが、周辺の市町村を入れれば、10万人を超える住民がおり、そこに4年先輩の弁護士と自分の2人しかいない弁護士は、どちらもいつでも多くの受任事件を抱えていた。全国的にも弁護士過疎問題が浮上していた。地方弁護士は多忙であった。
法廷でーは、一日数件の刑事裁判と10件近い民事裁判を2人しかいない弁護士で分担していた。民事裁判では、原告席と被告席を交替するのは回数が多いので面倒だということで、裁判官も納得した上で、席を交替しないで裁判をすることもよくあった。二人共超多忙であった。収入も多かった。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第6巻(本体1000円+税)も発売中!
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