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 〈「仲裁は時の氏神様」〉

 地方弁護士として、裁判の一方当事者の代理人となって、他方当事者やその代理人と法廷で闘争することを主な仕事としてきた。年寄りとなった今、これで良かったのかという思いと、争いにならないようにしてやることが理想ではないかという思いが湧いている。

 「田舎弁護士(いなべん)」を自称してからも、長い時が経った。喧嘩犬として明け暮れ、臨死体験までしてもなお、喧嘩犬を続け、今やっと喧嘩犬から氏神様に脱皮しようとしている。青虫が蝶になろうとしている自分を実感している。なれるかどうかは別として、なりたいと思っていることを述べる。

 いなべんは、古い地方弁護士の固い殻から抜け出し、新しい方向に進もうとしている。その手始めに喧嘩犬から氏神様になろうとしている。これまで多くの地方弁護士がやれなかったことだ。自分如きにできるか疑問だが挑戦したい。

 長い間、地方の弁護士として法廷闘争の一方代理人として働いてきた。法廷闘争の一方代理人というのが、地方弁護士に対する古典的なイメージとして定着している。この固い殻から抜け出すことは難しい。しかし、この殻から抜け出さなければ、地方弁護士は喧嘩犬という醜い青虫のままで、美しい蝶にはなれない。人の目を楽しませることはできない。人を喜ばせることはできない。地方弁護士は、地方住民にとって、必要悪から必要不可欠な存在とはなれない。

 地方弁護士は、喧嘩犬のままでは人から嫌われるだけで、真に歓迎される存在とはなれない。地方弁護士が地方住民から歓迎される存在になるためには、喧嘩犬を脱し、時の氏神様にならなければらない。

 これまでの喧嘩犬のようなサービスを提供するだけでは、地方弁護士の商売は先細りするだけだ。真に地方住民が求めるサービスを提供しなければならない。それは喧嘩犬などと呼ばれる必要悪ではなく、地方住民が真に願う必要不可欠な存在である。

 「仲裁は時の氏神様」という言葉がある。「仲裁」とは、争いの間に入り、双方を和解させること、つまり仲直りの取り持ちである。地方弁護士は、仲裁をなす時の氏神様にならなければならない。

 「氏神」は、一族の守り神という意味の他に地方の守り神という意味もある。地方で開業する弁護士は、争いの間に入り、双方を和解させる仲直りの取り持ちだけに止まらないで、さらにそれを一歩前に進めて、争いとなりそうな問題を、争いになる前に解決してやるような仕事をしなければならない。


 〈紛争の発生自体を抑える役割〉

 地方では、弁護士からの通知をもらうことを嫌がる人が多い。みのる法律事務所の事務局では、「法律事務所の封筒を使用して手紙を出してもよいか」と、予め確認することが少なくない。

 それほど地方では、弁護士と接触を持つことは「争い事に関わることになる」と思われているのだ。確かに地方弁護士が、これまでのように喧嘩のような仕事ばかりしていれば、そう思われてもやむを得ない。

 人間の本性、つまり生まれつきの性質として、相手を倒そうとする闘争本能がある以上、紛争はなくなることはなかろう。だから、カネを貰って紛争を代わって引き受けてやる商売は、いつの時代でもなくならないだろう。人間の本性として、生理的に男が女を求めるから、カネを貰って男の相手をする商売もこの世からなくなることはあるまい。人間の本質を考えれば、公娼も弁護士も必要悪ということになる。

 最近まで地方弁護士が公娼に似ているとは気付かなかった。紛争に明け暮れていて、自分の姿がよく見えなかった。喧嘩犬として闘うことに全身全霊を傾けてきたが、そのことに気が付かなかった。余命宣告を受け、初めて気が付いた。世のため、人のため、本当に役立っているのだろうかと考えるようになった。

 折角この世に生を受け、折角弁護士バッジを貰えたのに、喧嘩犬で終わっていいのだろうか。紛争は人間も動物である以上、闘争本能があり発生し続けるだろうが、それを少しでも減らす役割を果たせないだろうかという思いが、年寄りとなって湧いてきた。

 代理人となって、闘争するだけではなく、争いとならないようにしてやれないものだろうか。争いを止めることはできないだろうかと思うようになった。「仲裁は時の氏神様」という言葉が頭に浮かんだ。「そうだ。弁護士は紛争を仲裁し、氏神様になればいいのだ」という思いが段々強くなってきた。

 地方で開業する弁護士は、紛争が発生したら、その仲裁をするだけに止まらないで、紛争の発生自体を抑える役割を果たすべきではなかろうかという思いにまで考えが飛躍してきた。

 紛争に勝つことより、紛争を仲裁することの方が世のため、人のためになる。紛争の仲裁より、紛争を起こさない方が、さらに世のため、人のためになる。そのために地方で開業する弁護士は、どのような仕事をすればよいかを考えてみた。

 「喧嘩犬から氏神様へ」というタイトルは、これからも地方弁護士を続ける上での目標としたい。さらには、地方弁護士は地方住民の悩みや、迷いを取り除く盲導犬的役割を果たしたいとの考えが強くなってきている。

 このような考え方は、地方弁護士の商売とは関係がないように思えるが、地方弁護士の商売が危機的状況にある今こそ、地方弁護士の役割と在り方を見直す必要がある。

 地方弁護士の商売が危機的状況となっているのは、地方弁護士の果たしている役割と在り方が、地方弁護士が真に求めているところと違っているのではないかという思いがしてならない。地方住民が地方弁護士に求めている本当の役割と在り方は、これまで通りでよいのかを見直してみたい。

 その一つとして、地方弁護士は喧嘩犬的存在から、氏神様的存在に変身しなければならないのではないかという考え方が湧いている。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~14巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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