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 〈裁判官にとっての手引きという性格〉

 遺留分という民法の規定は、遺言書があっても、法律で相続人と決められている人は、遺言書で全部取得する人に対し、自分の法定相続分の半分を自分にくれ、ということができるという規定です。

 前の例では、二男は遺留分請求をすることは、法律に従っていますので違法ではありませんが、良心は痛まないのでしょうか。ケースによっては、二男の遺留分請求の行使は「権利の乱用として認められない」などという判決は出せないのでしょうか。出した方がいいケースがありそうです。

 私はこの遺留分という制度は、父の意思に反するものであり、廃止すべきと考えていますが、今のところ遺留分の規定はありますから、この規定に従って、二男からの遺留分の請求を受けたら、法的には長男は、それに応じなければならないということだけ申し添えておきます。

 ですが、この規定を使って相続争いとなり、長年にわたり骨肉相食む裁判争いとなり、裁判で決着は付いたが、親族関係断絶になった例を数多く見てきたことも申し添えておきます。

 民法の相続分の規定は、そういうものだとしますと、それでは法定相続分の規定は、どのような意味があるかという問題が、次に頭の中に浮かんできます。民法の相続分の規定は、いらないのではないかというわけです。

 民法の相続に関する法律の規定は、母と長男と二男とで話し合いができず、紛争となり裁判となった場合、「裁判官は、民法の規定に従い裁きなさい」という、裁判官が裁判するためのマニュアル、つまり手引きだと考えるのがよいと思います。

 争いとならず、裁判とならなければ、法定相続分の規定は無視していいのです。民法の規定の多くは、争いとなり、裁判になったときに、裁判官は法律の規定に従って裁きなさい、というマニュアル(手引き)なのです。

 司法試験に合格し、裁判官になったが、いまだ人生経験も常識も不十分な裁判官が、私人間の紛争を裁くには、マニュアルがなければ不安です。そこで国は民事法の規定の中に、裁判官に相続問題を裁くための手引を示したのです。「裁判官はその手引きに従って、判決しなさい」ということなのです。憲法76条3項は、「すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と宣言しています。

 裁判官に、常識や倫理観が備わっていれば、その良心に従って、裁いてもらうのがいいのです。ですが、裁判官も人間です。未熟な人も多くいます。

 そこで、相続人間に相続分に争いがある場合は、裁判官は、民法の相続分に関する規定に従って分配しなさい、という手引きが、法定相続分に関する民法の規定だと考えるのが分かり易い気がします。つまり、相続に関する民法の規定は、裁判官が裁判するときのマニュアルに過ぎないのです。


 〈民法の規定への共通認識が必要〉

 法定相続分の民法の規定は、遺産を残す被相続人が遺言書を作っておらず、遺産を残してもらった相続人間で、誰が何を取得するか決められずに遺産分割協議書ができず、争いとなり、裁判になった場合は、裁判官は法定相続分に従って分割しなさいというマニュアルに過ぎないということは、「人生を楽しくするための相続」を実現するためには、不可欠な認識です。

 この認識を相続に関係する人全員が共有し、その認識に基づき、互いの主張を理解し、納得して、歩み寄ることが、相続を人生を楽しむアイテムとして最大限に活用することになるのです。

 ものごとを正しく認識し、筋道をよく理解し、もっともだと納得して歩み寄れば、相続問題は、より親族間の絆を深めるアイテムになるはずです。

 繰り返しますが、相続に関する民法の規定は、裁判官が、紛争が生じた場合に裁くためのマニュアルに過ぎません。このようにやりなさいとか、やらなければならないと言っているのではありません。相続人間に紛争がなければ、相続に関する民法の規定は、無視していのです。

 この認識を被相続人も相続人もしっかりと持って、誰にどのように分配することが皆の気持ちに適うかを考えるべきなのです。法定相続分の規定や遺留分の規定など気にしないで、相続に関係する人皆の気持ちで相続問題を解決することが、相続に関係する人皆が幸せになれる「楽しく生きるための相続」を実現することになるのだという認識を共有してほしいのです。

 法律の一部分だけを知って、そこが自分にとって損得計算上、有利だと計算し、その部分だけを切り取って利用することは、一見得のようにも見えますが、大きな見方からすれば損となることが多いのです。

 相続に関する法の考え方は、関係者の気持ちで解決することを想定しているのです。それができない時は、はじめて法定相続分などの規定が裁判の手引きとして働くのです。

 (拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)


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