〈法律よりも高度なモラル〉
人を殺さないのは、刑法という法律が人を殺したら死刑にすると定めているからではありません。誰の気持ちにも、人を殺してはならないという思いが、普通の人なら普段からあるからです。親族は仲良くしたいと思うのは、法律が仲良くしなければならないと決めているからではありません。法律があるかどうかは関係なく、普通の人なら誰だってそう思うのです。
普段は、そのような気持ちがあるのです。法律が、「親族は仲良くしなさい」などとは、一言も言っていません。法律は、「人を殺したら、死刑にする」などと言っているだけです。
身近な人が仲良くするのは、法律が求めるモラルより、高度なモラルによるものです。法律がなくても皆の気持ちの中には、そういう気持ちがあるのです。身近な人は仲良くしたい。それが普通の人にはあり、人情というものです。
人を殺したいなどということは、普通は誰の気持ちにもなく、親族間で争いたいという思いも、普通は誰の気持ちにもありません。普通は法律など気にしないで、自分の気持ちに従って行動していれば、人を殺すことも親族間で争うこともしないのです。法律が求めるモラルより高いモラルを持って、人は普段生きているのです。
相続問題だって、法律など気にしないで、普段の気持ちに従って解決すればいいのです。「父と一緒に家業をやってきた兄が相続するのが当然」と思うなら、その気持ちに従えばよく、そうすれば、骨肉相食む相続争いとはならないのです。
「法律などという最低限のモラルに従えば、それでよい」などと思うのは、何かがきっかけとなり、物欲・金銭欲という低次元の欲望が強くなり、その欲望に支配されるからです。欲望の中には、まわりの者と仲良くしたいなどという社会欲や、他人の役に立ちたいなどという人格欲のような高次元の欲望もあるのです。
欲望のコントロールは、法律に従えばできるものではなく、気持ちでコントロールしなければなりません。法律の規定にこだわれば、相続問題では骨肉相食む争いとなることが多いのです。
民法の相続の規定は、均等相続となっているから、二男の自分も長兄と同じくもらえるはずだから、もらわなければ損だというような気持ちとなり、普段の気持ちではなくなる人が少なくありません。これは、法律によって気持ちが変わったのです。普段持っている倫理観や道徳観が、法律という最低レベルのモラルによって変えられたのです。
普通の人は、いつも最低レベルを規定した法律より、もっと高いモラルで生活しています。相続問題においても、法という最低のモラルに従えばよいなどと、モラルのレベルを下げることはしないで、普段持っている、親族間では仲良く助け合って生きたいという、法のモラルより、もっと高いレベルの気持ちに従って解決すべきです。
〈法律に従っても実現しない「楽しく生きるための相続」〉
法律のモラルは、最低限国民が守らなければならないレベルのものであり、これを守っていればよいという考えは間違いです。人生を楽しく生きるためには、法律に従って生きてさえいればよいなどという考え方は捨て、本来持っている自分の気持ちに従って、まわりの人と一緒に人生を楽しむ生き方となる道を選ばなければならないのです。相続の問題においては、相続に関与する皆が、より幸せになるような解決方法を、それぞれの気持ちを歩み寄らせ見つけ出さなければなりません。
民法の法定相続分や遺留分権の規定を根拠に、それまでの親族関係の付き合いなどから構築された互いの気持ちを大切にする生き方を捨て、法定相続分があるから、長兄と同じものをもらわなければならないと、一歩も譲らない主張は、的を射ていない気がします。
「人生は、いまの一瞬を、まわりの人と一緒に、楽しみ尽くすのみ」という生き方は、法律に従っていれば、実現できるものではありません。繰り返しますが、法律は最低限のモラルです。それより高いレベルにある気持ちを大事にしなければ、「楽しく生きるための相続」は実現できません。
「楽しく生きるための相続」を実現するためには、特別な考え方は不要です。普段持っているレベルのモラルと、普段持っている親子間、兄弟間の愛情で気持ちを寄せ合えば、それだけでいいのです。国の作った最低限のモラルである法律までモラルを下げたり、親子、兄弟間に自然に発生している情愛を、国の都合で作った法律によって失ったりしてはなりません。
モラルとは、道徳・倫理・習俗などと訳されていますが、人としてこうでなければならないという、人間はどう生きるべきか、という考え方だと思います。どう生きるべきかという考え方は、法律によって決められるものではありません。国によって、天皇のために死ぬべきなどと決められてはたまりません。
自分はたった一度の人生を、どう生きたらよいか、という自分の問題です。一度限りの人生を、法律という最低レベルのモラルによって、生きたいとは思いません。
(拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)
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