〈理屈を通すことではない紛争解決〉
相続事件は裁判で決着がついても、以後、親族関係断絶となり、親子、・兄弟であっても、冠婚葬祭に呼び合うこともなくなる。離婚事件では、子供の結婚式にも一方の親は出席しないということになる。最も親しい関係にある人間関係を断絶させる仕事は、「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という生き方を勧めている身としては回避したい。
これは、誰もが持っている心の底にある願望である。誰もが持っている真の願望を満たしてやることこそ、地方住民が地方弁護士に求めているものだと確信する。地方弁護士は、地方住民が本当に望んでいることに応えてやらなければ、地方住民にとって必要不可欠な存在となれない。
こんなことは誰にでも分かることではあるが、弁護士という知的レベルが高いなどと自負する身でありながら、気付かないまま年寄りとなってしまった。喧嘩犬として闘うことだけに夢中となっていたからだ。
裁判では、法律上の理屈が通ったことになるのかもしれないが、紛争の本当の解決にはなっていない。紛争をより深刻なものにする。それでは、「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という「いなべんの哲学」に逆行する結果だ。
紛争の解決は、理屈を通すことではない。譲り合って円満に紛争を解決することに、その目的があることを忘れてはならない。司法試験の答案を書くような理屈が通っていればよいというレベルの裁判では、真の紛争解決にはならない。
地方で開業する弁護士は、喧嘩犬から氏神様へという考え方は、法律の理屈ではなく、前記のような哲学から生まれたものである。法律の条文や、判例や、法の理屈より前に、人間はどう生きるべきかという根本問題がある。その根本問題から見れば、地方弁護士の役割と在り方は、喧嘩犬から氏神様に変身しなければならないということになる。地方弁護士は、喧嘩する者の間に入って、一段と高い視点により統合してやらなければならない。弁証法的哲学で地方住民の紛争を「正、反、合」と統合してやらなければならない。
できることなら関係する者皆幸せになるような仕事がしたい。それを地方弁護士という仕事をする者の心得の第一としなければならない。それができれば、地方弁護士は地方住民にとって、必要不可欠な存在と成り得る。地方弁護士が地方住民にとって、必要不可欠な存在になれば、地方弁護士の商売は繁盛する。
弁護士の数も、裁判事件数も個々の弁護士の商売に影響するかもしれないが、地方弁護士が地方住民にとって、必要不可欠な存在となっているかどうかという問題こそ、重要であることを自覚したい。
〈高い次元で見直す作業〉
人は、それぞれ考え方が違う。意見の相違が出るのも止むを得ない。だからといって、紛争になるまで自分の意見に拘ることは不要だ。不要のみならず有害だ。戦争を正当化するような正義などない。「不正義でも平和の方がよい」と語った人がいたが、深く共鳴する。
まわりの人と、とことん紛争をしなければならないほどの正義などない。自分が絶対正しいと思っていることだって、見方を変えれば、そうでもないことはいくらでもある。紛争をしなければならないほどの絶対正義などはない。
次元を変えて考えれば、「正、反、合」という結論は得られる。地方弁護士は、高い次元の哲学で地方住民の紛争を解決してやって、それに見合う報酬を貰いたい。裁判では、自分は正直で相手は不正直であり、自分の法解釈は正しく、相手の法解釈は間違っていると主張し合い、歩み寄る余地がない。法律と裁判レベルでは平行線となり、最後は「100対0」などという現実を無視した勝負事のような決着を付けることになる。紛争解決は、スポーツではない。勝負事でもない。
自分が正しいと言っていることと、相手が正しいと言っていることを比べてみて、自分の考えに間違いがないか、相手の考えに納得できるところはないかを拾ってみる作業は、紛争を解決するためには絶対不可欠な作業だ。それを尽くして、更にもう一段高い視点で見れば、互いに納得できることもある。
高い次元で見直す作業は、紛争の当事者の立場にある者にとっては、感情が先に立って難しい。クライアントに代わって、冷静になってこの作業ができるのは、地方弁護士だと確信する。
然るに、喧嘩犬と言われるような代理人となり、闘争に明け暮れていると、依頼者の言い分に輪を掛けて、依頼者の言い分が正しいと主張し、相手の言い分は間違っていると主張することになる。火に油を注ぐ仕事となる。互いに法律を勉強した弁護士が代理人となって法律の理屈を言い合う。法律を勉強した裁判官が、法律の理屈でどちらか正しいかを判断する。これでは法廷闘争は、長期化となる。
一段高い位置に立って、双方の主張を統合できないかを検討することが大事である。法律の条文や、判例や、法律理論だけに拘らないで、一段と高いどう生きるべきかという、生き方というか、哲学レベルの視点で、解決してやらなければならない。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~15巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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