司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>



 〈法律の条文や判例とは違う秤〉

 最近、大学時代に一緒に司法試験の受験勉強をし、ほぼ同時期に司法試験に合格し、地方弁護士を数年体験した後、東京で開業している弁護士と飲んだ。四方山話に花が咲いた。今時の若い弁護士の話になった。「近頃の若い弁護士は、条文と判例と事案とを照らし合わせ、負けると思う案件は相談にも乗らないという傾向が見られる」と語った。「頭が良いというか、先を見通す力があるというか、感心してしまうが、何か物足りない」と不満そうだ。

 地方においても、そういう傾向が見られるので、「同感だ」と応じたところ、彼は「今の若い弁護士は、自分らの若い頃より結果を見通すのが速い。頭が良くなっているのだろうが、心がない。結果ばかりではなく、もっと大事なものがある気がする」と不満げだった。

 「同感だ」と共鳴した。勝ち負けという結果を気にするのは当然だが、物事は結果だけではない。その結果に至るまでの経過も大事だ。裁判における勝ち負けという結果は、法律の条文と判例という秤で、裁判官という公務員が判断したものに過ぎない。世の中には、法律の条文と判例という秤とは違う常識とか、人情とか、人の心という秤があり、その秤で計れば、裁判官とは違う結論を出すことも少なくない。

 国民主権国家である日本国においては、最終的には国民が判断することになる。まず、裁判所という国家機関の判断を仰ぐ必要があるが、その判断が出て、そこで負けたとしても、それは主権者の最終判断ではない。条文と判例は知っていても、常識や人情や人の気持ちを知らない国家機関の一部である裁判所の判断に対し、主権者たる国民がどのように判断を下すかは分からない。条文と判例を秤とする司法的判断は、常識、倫理、人情、個人の気持ちを重視する一般社会の秤で計れば、納得できない結果となっていることが、分かってもらえることが少なくない。

 司法判断では足りず、主権者である国民の判断を仰ぐことが必要である事案もある。条文と判例に縛られている裁判官の判断では足りず、常識と倫理と人情と人の気持ちを秤とする国民の判断を仰ぐ必要がある場合も少なくない。

 最終的に国民の判断を仰ぐにしても、まず司法的判断を仰ぐことは必要である。まずは条文と判例の範囲では勝てそうもないと思える案件であっても、裁判所の判断を仰ぐ必要はある。そのプロセス(経過)を踏んだ方がよい場合は少なくない。そのうえで、国民の判断を仰ぐという手順を踏むことが必要となることもある。

 条文と判例の枠内での司法判断では敗訴となるにしても、依頼者本人の言い分を裁判で十分に代言してやり、それでも敗訴になったら、国民の判断を仰ぐための講演や出版をするなどの努力を尽くさなければならない場合も少なくない。

 そのような努力を続けても、直ぐに目に見える効果が上がるとは限らないが、司法の判断に対する国民の意識は変わる可能性がある。司法の判断に対する国民の批判が高まれば、いつかは司法の判断も変わらざるを得ない。「雨垂れ石を穿つ」の思いで、講演や出版をする努力も地方弁護としての社会的使命であると確信する。そのためには、結果は負けると分かっている裁判でも、提訴したり、上訴することが必要な場合もある。


 〈敗訴になっても主張し続ける闘い〉

 これまで「強きをくじき、弱きを助けたい」と考えて、どの弁護士も負ける裁判と判断し、受任しなかった事件を受任し、裁判で闘った事件としては、農協組織とそのバックとなっている農水省を相手として、農家の代理人となって闘ったことをはじめ、大病院・医師会・厚生省、税務署・財務省などを相手として地方住民の代言人として裁判で闘ったことは少なくない。

 いずれも裁判自体は勝つことは少なかったが、講演や出版物で裁判所の誤りを指摘したところ。国民や住民の中から多くの同調者が出た。中には、学者などがその著書で、「裁判所は誤っており、著者の考え方が正しい」と明示してくれる方も出ている。

 税金問題においても、裁判する前に税金を取り立てる国家を相手に、税金を取られる納税者の代理人となって、国と長い交渉を重ね、遂には納税者の言い分を受け容れてもらったこともある。多くの人に影響を及ぼすケースであった。

 強き者としては、国家、地方公共団体、農協、医師会、大企業などが存在しており、弱き者としては、納税者などの個々の国民、個々の住民、個々の組合員、個々の患者など無数の個人がいる。弱き者は強き者に対し、個人として闘う能力は不足している。国家などの強き者と比べれば、圧倒的な弱者である一人の地方住民という弱き者を助け、強き者と闘うのが弁護士の本来の使命である。それは、裁判所で闘うということだけに限らない。

 裁判で精一杯闘って、敗訴となっても、講演や出版物で「強きをくじき、弱きを助けたい」という気持ちを主張し続けることが、地方弁護士の社会的使命であると確信している。弱き者の力を結集させ、国家機関に対し、世間に対し、弱き者の気持ちを、言い分を説き知らせることは、強きをくじき、弱きを助けることになると確信している。

 これまで農民のためには、「弁護士が明かす農協と農民 歪んだ関係――知られざる農協金融のカラクリ」、「弁護士の農協裁判レポート――大型負債の責任者は誰か」、「あなたならどう裁く――農協裁判編」という駄弁本を発行した。患者のためには、「ドキュメント医療過誤事件――弁護士の医療裁判レポート」、「ある医療過誤裁判に対する疑問――過失と因果関係の証明」という駄弁本がある。

 多くの人から裁判の結果は、常識に著しく反しているという感想が寄せられている。裁判は現実世界とは乖離している、と指摘する人も大勢いる。こんな駄弁本を発行しているのも、何とかして「強きをくじき、弱きを助けたい」という一念によるものである。こういう地道な努力を続けていけば、裁判も強きをくじき、弱きを助けるという、あるべき姿を取り戻すことになろうと信じている。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~25巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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