第6回 最終
ピーク時の昭和61年(1986年)には、登録消費者金融業者数は4万7504社を数えた。平成11年(1999年)まで3万社を切ることなく、平成12年(2000年)2万9711社、平成17年(2005年)1万8005社となり、以来、急減し始め、6年後の平成23年(2011年)にはついに2497社となり業者数はピーク時の19分の1となった。
ピーク時の昭和61年から平成23年までの25年間、拡大する一方の消費者金融市場を規制するためにいくつもの制度が出来た。
2000年、平成12年2月17日には議員立法による特定調停法が施行され、弁護士の独占下にあった債務整理、分割和解契約業務が一般国民にも低廉な費用で開放されることになった。
同年の10月1日には民事法律扶助法が施行され個人の自己破産が10万円で可能となった。翌平成13年4月には個人民事再生法が施行される。
2002年、平成14年にはヤミキン被害が全国に広がり大問題となった。そして2003年、平成15年8月認定司法書士制度がスタートする。
弁護士独占を打ち破るこれらの制度が順調に機能した結果、5年後の平成20年には、消費者金融業者数は1万を割り9115社となり、多重債務者数も劇的に減少して行くことになった。
消費者金融業者の減少は、業者への規制強化だけが原因ではない。ここ数年来のデフレと消費者の消費行動の質的変化、消費抑制心理と価値観の変化も、借り入れ抑制の行動となって、消費者金融需要減退の大きな原因となっている。
平成23年今年、8月26日、ついにSFコーポレーション(旧三和ファイナンス)が破産した。経営再建中のアイフルも、司法書士事務所に「伝達・確認依頼書」なる文書を送り、債務者への過払い金返還額の60%カット、つまり40%での返済を求めている。訴訟になれば負けても控訴して1年間返済を遅らせることも出来ると弱体代理人を脅かしている。こんなアイフルも、チワワのCMでいっせいを風靡し、2005年平成17年3月期の決算では純利益747億円を計上していた。昨日のことのようだ。
ピーク時の昭和61年(不動産バブルの最中)から平成23年までの25年間、利息制限法という一本の法律のもとで繰り広げられた悲劇喜劇は今やその終焉を迎えている。
一本の法律が自殺者を作り出したり、過払い長者を生み出したりする。被害者の会を大津波のように飲み込んだ債務整理市場、過払いバブルは、日本の弁護士や司法書士にとって、結局、プラスであったか、マイナスであったのか、それは分からない。
多重債務者が劇的に救われたことは事実である。過払い金というボーナス付で、しかし、一方で、ゼニゲバ法律家を多数作り出したことも事実なのである。クレサラ市場を失った、日本の弁護士、司法書士はこれからどこに行くのだろう。