司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 〈閑話休題〉

 さて、私が「正義という名の自己愛」というテーマで何を言いたかったかといえば、実は、1970年代から始まった消費者金融と消費者債務者を援助すべき専門法律家との40年あまりの攻防における、正義を大大看板とする弁護士とその同盟者、司法書士の偽善についてだったのである。

 何故、私がその排他的事務独占連合に、偽善を感じたのかといえば、2000年までの30年間は消費者債務者の援助は弁護士独占の業務であり、しかも、その被援助者に対する報酬が違反者罰則付きのカルテル価格により異様に高く、弁護士への利益保護が、被援助者への保護よりも優先していた。当時、そのことを指摘するものは、弁護士、司法書士(私は法律新聞で繰り返しそれを批判、主張していたのであるが)の中には誰もいなかったからである。

 もちろんこの事については、現在、共産党推薦で東京都知事選に立候補している宇都宮弁護士も同様に沈黙していた。むしろ、彼は、弁護士の広告、価格競争解禁や司法書士への訴訟代理権の付与について強力に反対していたのである。振り返りみれば、1970年から2000年までの30年間は、まさに消費者金融大盛況の時代だった。

 宇都宮弁護士が創始、指導してきた「全国クレジットサラ金被害者の会」も消費者金融と多重債務者が増えるのに並行して大盛況となった。「全国クレジットサラ金被害者の会」への援助を依頼する多重債務者が増えれば、それに比例して消費者金融業者の貸付額も減りそうなはずであるが、2000年までの30年間は、逆に多重債務者は増える一方であった。

 しかし、2000年になって、特定調停制度や法律扶助制度が整備され、弁護士、司法書士の広告規制が廃止され、価格競争が自由化し、加えて認定司法書士制度が施行されるに至って、消費者金融業者、多重債務者を巡る環境は急激に変化したのである。

 クレジットサラ金の多重債務者援助需要に対し、需要者に対するサービス供給が一転急増した。債務整理とは無縁だった多くの弁護士や司法書士がこの市場に参入して来て派手な広告合戦を展開し多重債務者を誘致した。それにより多重債務者への弁護士司法書士へのアクセスが劇的に改善され、利用者が急増したのである。その結果、貸金業登録業者数は2004年3月末時点で2万3708業者あったのが、2012年3月末時点には2350業者まで減少し、この8年ほどの間で10分の1に減少している。

 宇都宮弁護士指導の「全国クレジットサラ金被害者の会」は、集客については共産党系の大衆組織「民主商工会」と提携していた。この人達は、正義を最大の看板とすることで国民にも良く知られている。又、この人たちには今でも熱心な市民フアンやサポーターもいる。代々木の日本共産党ビルは威風堂々の瀟洒なビルで、テレビ討論に見る幹部のスーツ姿はどこに出してもおかしくない。その支援を得ての、全国的な組織をもってする「全国クレジットサラ金被害者の会」の熱心な活動にも関わらず、2000年までの30年間は、多重債務者は、増えこそすれ減ることはなかった。

 ところが、収益獲得を目的に、全国多数の弁護士、司法書士がこの債務整理市場に新規参入し顧客獲得に邁進するや、彼らの債務整理、過払い金請求で、業者数は10年もしない内に10分の1に減少したのである。300万と言われた多重債務者も今では50万人を切る勢いとなっている。

 正義を看板に飯を食っているという点では、共産党系も石丸ビジネス系も同じである。ネットでは、宇都宮弁護士が日弁連会長をしていた時に、2000万円を超える会長年俸を批判する国民の意見が出ていたが、共産党系だから禁欲しろとは私は言わない。正義を看板にするならただ働きをしろとも言わない。ただ、需要に対し正しく対応できるのは、第一に需要者を前に展開する供給者間の競争であって、需要者への倫理のご託宣ではないのではないかと私は思うのである。何よりも安くて質の良いサービスを依頼人に提供するのが、供給者の正義なのではないかと思う。

 正義の看板をひっぱがえしてみれば、ささやかな名誉欲、金銭欲、権力欲、自己愛、そしていつしか自己愛の実現の手段が「正義という看板」だった。良くある話である。野田総理大臣の一言で師走の街は衆議院選挙となった。石原慎太郎氏、橋下維新の会、15の政党の面々、自分大好きの候補者達・・・太陽の季節はとっくに終わったのにね。



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