司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 憲法及び人権規定の修得が、司法書士に今何故必須のものとなってきたか、この説明は簡単である。平成14年、10年前、簡裁訴訟代理業務が、登記双方代理業務に加わった時から、憲法及び人権の知識は司法書士にとって必須かなめのものとなったのである。

 
 「簡裁代理業関係業務を行うことが出来る司法書士であっても、業務の中心が登記手続きの代理などの業務にある場合が多いと思われることから、(地方)法務局長が司法書士の懲戒事由を最もよく知り得る立場であることなどには変わりがない。(注釈 司法書士法 370ページ テイハン)」とあるが、登記事件の双方代理業務と例え簡易裁判所管轄の訴訟代理権の受任(委任契約)業務であっても、法務局長の監督対象であるその取扱い事件の法律的性質及び事務執行の態様には、質的と言ってよいほどの違いがある。これを区別しないで、一律画一に司法書士を取り締まるのは適当妥当ではない。「権利変動の結果を登記する双方代理が可能な形式的な手続きの業務」「訴訟代理(民事紛争法律問題の解決)を受任する業務」とはその法的性質が異なるばかりでなく、事務処理の内容も全くと言ってよいほど異なるのである。

 
 まず登記等の業務は、当事者間の権利形成に直接関わることもなく、その権利変動の結果如何については司法書士に法的責任が問われることはない。例外的に双方代理が認められるのはそれを理由とするからである。双方代理には、当事者である権利者義務者に対して、第三者として、双方に対して厳格に中立であること(登記という代理《準法律行為》の委任契約において認められる善管注意義務)が司法書士に求められる。

 
 訴訟においては、紛争の両当事者の一方からの委任を受けて、受任した一方の利益を最大限に実現することが、司法書士の法的義務となり、その結果に対して責任を負う事となる。受任者司法書士訴訟代理人が相手方との間で中立的な公平を装おって、そのような双方代理まがいの行為をすれば、それは委任者への背任であり、委任契約の違反となる。訴訟手続きで中立公平公正の仕事をするのは裁判官なのであって、司法書士ではない。

 
 登記等業務と訴訟業務等業務との本質的な違いが、現場での事情をもっとも良く知るはずの司法書士会執行部には分かっていないらしい。例えば本人確認の問題だが、「登記申請時の権利者義務者の本人意思確認」と、「和解も含めた訴訟事務においての本人の訴訟代理業務委任契約の場合における本人の委任意思の確認」とを、同視同列視している司法書士が多いのであきれてしまう。本人意思確認の態様は、「登記申請の意思確認」と「訴訟等代理又は事務の委任契約における本人意思確認」とは明らかに異なる。

 
 まず登記において、利益の相反する権利者と義務者の双方の登記申請意思を権利変動の生じた最終場面で確認(俗に言う決済の立会)することは、登記業務の核心をなす重要な業務であり、しかも一時に巨額な金銭が移動することも多いから、この場合には、正当な理由がない限り、権利者、義務者の双方から対抗要件取得事務の嘱託を受けた司法書士資格者は、資格者自身、依頼人双方と面談し、双方にその登記申請意思を確認したうえで速やかに登記申請する。これは登記決済業務の性質上、司法書士資格者のみがなしうる、固有の、必須の事務であろう。しかし、その本人確認事務自体は一時的な決済事務の範囲内で行われる短期定型的な事務処理であって、当事者間で、決済にともなう登記申請意思自体が、時間の経過によって変動することはない。

 
 一方、訴訟業務等においては、事務は、登記決済と違って、例えば相談から始まり、訴訟代理業務を受任し、訴状を作成し、判決又は和解で終わることになるが、この事務は継続的であって、委任契約であるから、受任者である司法書士に裁量的判断を委任者から任される場合も多く、従って、依頼者(委任者)本人との連続的な打ち合わせは不可避となる。この過程では、委任契約の内容が変更されることも珍しくはない。こうして訴訟代理関係等業務の場合(多重債務問題の処理過程も同様である)、紛争の発生から解決までの間に委任契約に基づいて受任者の事務が積み重ねられて行くのだ。

 
 加えて、和解含め訴訟代理事務は、何よりも委任者と受任司法書士との人間的な、継続的な信頼関係が重要である。そのために、訴訟代理関係業務では登記業務と違って業務の受託強制はないし、委任者、受任者そのどちらからも何時でも委任契約を解除できる。辞任、解任出来るということだ(信頼関係が契約の基本要素だからということ)。従って、業務の性質上、一回性の登記業務と違って、訴訟関係業務においては、委任契約の本人意思確認において、登記のようないわゆる本人面談等の形式的一回的な業務規制を司法書士に課したとしても、業務の適正確保には結びつかない。

 
 従って、この司法書士の本人意思確認行為を規制するとすれば全く異なる、それぞれにふさわしい規制手段を採用しなければならない。特に訴訟代理等事務の司法書士の国民からの引受けは、委任契約、すなわち申し込みと承諾の意思の合致によるものであるから、その契約の成立の真正(当然、本人意思の確認はこれに含まれる)につき規制すれば良いのであって、資格者本人が理由の如何を問わず直接面通ししなければならない、直接面通しさえすれば良いなどという形式的な規制は無意味であり、司法書士団体の法的センスを疑う。このような、根拠が不明確で、規制の目的と手段との間に合理的関連性のない(この合理性についての立証責任は司法書士会にある)規制は、委任契約における司法書士の業務遂行における自由裁量の範囲をかえって不必要に狭めるものであって、司法書士の業務遂行の範囲を地理的時間的に制限し、加えて、司法書士の業務に対する自主的創造的効率的な努力の芽を奪い取ってしまう。

 
 実は、このようなたぐいの司法書士団体の自主規制は他にも多々ある。司法書士のおどおどした仕事ぶり、消費者との対応ぶりを目にしたことのある人は多いだろうが、それは司法書士団体内部の一般会員への過剰な規制、それを理由づける司法書士法第2条の職責規定の乱用ぶりにも原因がある(登記申請関係書類には長期保存を義務付けているのに、悪用されやすい債務整理関係の個人資料、多重債務者の個人情報についての廃棄除却処理などは司法書士に放置されたままという間の抜けた情報規制もある)。

 
 実際、多重債務事件につき、登記と同様同態の本人確認資格者面談義務を司法書士に課した結果、大債務整理事務所が、面談専門資格者(面談だけで実務はしない)を低賃金社保無しで多数雇用し、サラ金との実質談合にいそしんでいる。結果はみえみえであったが、やはり多重債務者面談規制は、弱小事務所の負担をましただけでその効果は形骸化した。皮肉にも、この本人面談形骸化は、裁判外和解や、サラ金の歓迎する過払い談合大はやりを、一方にもたらしたが、その反面で、肝心の正義の実現、面倒な簡易裁判所での訴訟事件や、地方裁判所における本人訴訟事件等の司法書士受託件数を、毎年減少させるという結果をもたらした。



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