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 イチエフ浪江町に行く 2

 福島民報社のネット版「東日本大震災 50日の記録 ふくしまは負けない」(電子報道写真集)の冒頭序文の締めくくりで「生き残ったものにできることは何だ。離れた心を再び一つにするためにするべきことは何だ。顔を上げ、今を目に焼き付けよう。手と手を結ぼう。『福島』は負けない。笑顔も、実りも、古里も、必ず我が手に取り戻す」と復興への決意を述べていた。

 又、同社社長は津波大震災に「追い討ちを掛けるように、東京福島第一原発で事故が起きました。『安全』だったはずの原発で県民は『見えない恐怖』にさらされました。・・すでに放出された放射性物質によって、古里に帰れない県民、生活の糧を失った県民がたくさんいます」と述べている。

 写真集には、東京福島第一原発「イチエフ」の、水素爆発直後の写真も収められていた。この爆発で大量の放射性物質が空中高く放散され風に乗って東北、関東北部から千葉にまで、放射性物質が降り注がれた。放出された400種類もあるといわれる放射性物質は、東北の広葉樹で緑豊かな山々に降り注ぎ、枯れ落ちる木の葉とともに大地に落ちて、それは阿武隈山系の地下水とともに海に流れ出る。

 その汚染地下水の流れは、事故から間もなく3年となるのにとどまることがない。原発の汚染地下水の混入した冷却水は、今も毎日300トンも排出され、それは原発内に急造された耐用年数5年のタンクに貯蔵されている。

 震災時に帰宅難民となって板橋区赤羽の小学校に一泊した私は、東京近在の定年サラリーマン楽団の作った被災支援グループ「311の会」に参加することになった。昨年10月には、石巻、女川町他津波被災地に行きほんの少し支援活動の手伝いなるものをした。そして今年は原発事故被災地の現状見学とそこから避難してきた仮設住宅の人たちを訪問し、楽団演奏の椅子運びや集会所での座布団運びをした。

 早い話、事態はあまりにも深刻で、私などが現地に行っても何の役にもたたないのである。それでも、来年も311前後に現地に行くつもりだが、それは、出来るだけ多くの人が現地に行って、現地の実情を体を持って見聞きすることが大事なことであると思うからだ。

 「東日本大震災 50日の記録 ふくしまは負けない」(電子報道写真集)掲載の50日分の写真は余りにも鮮明で映画のセットのように見え、写真の風景はこの世のものとも思われない。写真では、実際の、現場に漂う枯れたようなもの寂しさや人間の無力さ、愚かさを感じることが出来ない。現地に立てば、欧米の後追いをしてきた日本近代の破綻をそこに見るような気がする。

 仮設住宅は仮設であって長期に住めるものでない事は、仮設の集会所などに行ってみれば良く分る。しかし、未だに20万人の人たちが仮設住まいであり、原発はそのあてもなく、毎日300トンの汚染水をため続け、あの広大な東北の山々の除染作業が今も続いている。原発事故対策に携わる現場の作業員は、次々と被曝放射線量の限界値に達し、交代要員の確保が難しくなりつつある。そんな中での東京オリンピックフィーバーなのである。

 私の脳裏には、のた打ち回る戦艦大和の運命とゼロ戦兵士の使い捨ての様が、消しても消しても浮かび上がって来る。



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