〈専門家の品位の判断者はサービスを受領する国民〉
(以下、上告理由書引用の続き)
弁護士や司法書士などの広告や価格競争が自由化されて30年近くなった。広告には、テレビラジオのコマーシャル、ユーチューブから駅頭街頭でのティッシュ配り、ホコ天を歩き回る看板のピエロ等々実にいろいろある。その中で、品位を損なう広告として、弁護士会は、奇異低俗不快感を与える広告の表現を禁止規定に挙げている。そして、この判断の基準を、資格者当事者の判断ではなく、規定の言う、主権者国民の多数が感じている印象を判定の基準とするという事になると(それを基準とすれば主権者国民の多数が感じている印象についての立証責任は規制者側にあるという事になる)、その、地方の商店街を練り歩くチンドン屋さん(地方、関西では今でも人気らしい)や、ホコ天を歩き回ってチラシを配るサンタやサンドイッチマンが、今では、一般国民、庶民にとってみれば、特に奇異低俗不快感を与える広告ともいえない。
本件訴訟の弁論では、上告人は、被上告人の代理人に繰り返し「事件漁り」と非難されたが、この言葉は法律業界独特の昔ながらの業界用語で、一般の人は、今時、これを聞いても意味が分からないだろう。しかし、法律業界では、この「事件漁り」という言葉は、競合する同業者に向けて投げつけられれば、あいつは右翼だ、前科者だ、ホモだと指摘するときと同じように、相手方に対して、根拠を示して自分の主張を裏付ける手間を省ける便利な同業者非難への言葉なのだ。そのような言葉を、上告代理人ばかりか、一審裁判官も、原審裁判官も、判決中で何のためらいもなく使っている。
結局「品位を欠く広告」がその時代、時代において何であるかを判断するのは、裁判官でも司法書士、弁護士でもなく、その専門家のサービスを受領するサービスの購入者、国民、消費者にこそある。そうであるとすれば、結局、司法書士広告の品格、文書、電波ばかりでなく様々な態様の広告表現、その品格を判断、判定するのは、司法書士、弁護士、裁判官ではなく、それこそ開かれた市場における、資格者の提供する専門サービスの購入者、一般国民なのであって、その実際の購入者の選択と、その結果の評判を待たねばならないということである。
どのような内容、態様の広告が、いつどこで、どのような効果をもたらし、どのような評判を得るかということは、事前には分からぬことであるし、しかも今日では、不評な広告については、一定の量に達すれば、その悪評判はたちまちに広がることになり、そのような広告者は市場から追放される。その悪評の程度によれば、司法書士会、各種消費者センターにはクレーム続出ということになる。
一審、原審の弁論では、上告人の広告方法が品位を欠くと、被上告人代理人が口を極めて、結局は、自分の頭に浸み込んだ映像、偏見、狭い主観的経験から、上告人の広告の非を主張するばかりだったが、肝心の上告人が広告する現場で、そこにいた国民や一般消費者の声も、広告に対する評価、評判についても全く考慮しないで、自己の観念的感情的類型的な想像力によって上告人の広告態様の非を主張することに終始していた。
もし、上告人の広告方法が消費者の利益を損ない、司法書士の業務についての疑義と、国民の権利保護を目的とする司法書士会という団体の信用を損ない、又、国民の平均的感情からも下品と思われるような行為を上告人が繰り返していたというのならば、本件注意勧告の理由が、司法書士の品位と信用を上告人が侵害したということなのであるから、その事実を、何よりも立証すべきで、一審も原審も、その立証を、被上告人に十分に求めなかったのは不当である。加えて、原審も一審も、国民の声、国民の得る利益について、それを全く無視に近く軽視している。そして、一審、原審ともに、裁判官個人の持つ主観的イメージと判断を、裏付けもなく国民の受けた印象、評価を代表する判断として論じていたのも不当である。
どこでもトラブルを起こしているこの「品位規定」については、三重県社会保険労務士会が、公正取引委員会の指導を受け倫理規定を改正したことがある。「資格者団体は、法律上『会員の品位の保持に関する規定』が会則記載事項とされ、この規定を根拠に資格者団体が広告に関する自主規制を行う事がある。しかし、過度な自主規制は独禁法上問題となるおそれがあり、その内容は需要者の正しい選択を容易にするために合理的に必要な範囲内のものである必要がある(資格者団体ガイドライン第2-2)」としたのを受けて、三重県社会保険労務士会は従来倫理規定6条に『会員は、社会保険労務士としての品位をそこない、若しくはその良識を疑われるような広告宣伝を行ってはならない』と定めていたが、これにつき、2003年に連合会は改正倫理基準として『会員は虚偽、誇大等、良識を疑われるような広告・宣伝を行ってはならない』と改正した。審決についての解説は、この改正について「『品位を損なう』という実質的な(会員の)解釈、判断の必要な文言を削除し『虚偽、誇大等』の広告・宣伝の禁止という顧客、依頼者への情報提供、役務の選択に配慮したものに変更された」としている(ジュリスト234号 経済法判例・審決百選 83ページ 甲65号証の1 原告陳述書添付の資料16 17)。この三重県社会保険労務士会の品位保持規定についての独禁法違反審決事件については、控訴理由書(追加)の22ページ、23ページで論じている。
さて、本件上告人が実行した広告、すなわち営利活動としての言論、司法書士としての営業的言論が、憲法上の言論表現の自由権により保護されるのかどうか、これは重要な問題である。顧客を獲得し売り上げを上げようとする目的のための、直ちには公共のためとは言い難い私益追及の営業上の言論が、営業の自由権(憲法22条1項)は別として、果たして憲法上の特に厳格に取り扱わねばならないとする表現の自由権によって保護されるべきなのかどうか、法務大臣の認定を無効とするような保護を、憲法21条1項が与えてよいとするのかどうか、以下に意見を陳述する。