司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 
 毎朝ウオーキングをし、ジムのサウナで汗をかき、水浴してから事務所に行く毎日だ。池上線沿いの細い道を早足で歩いてゆく。冬の朝、快晴、冷たい風が気持ちいい。朝の静かな住宅街、おもちゃのようなデザインの洋風一戸建てから中年サラリーマンが会社に出勤だ。受験勉強をして、予備校に通って、そこそこの大学を卒業し、大会社に就職し、結婚し、子供が出来、住宅ローンで家を建てたわけか。なんとまあ、平和で穏やかな街の風景なのだろう。

 先週は、義理の弟の父親の葬式に行って来た。95歳だった。母親は91歳で達者なものである。人生90年時代に突入したことを実感する。浅間山荘事件があった1970年代初頭、新宿柳街のスナックで人生3回説を吹いていたが、それが本当になったようだ。

 人生90年時代をどう生きる? 大島渚氏が80歳で亡くなったが、今では80歳の死は早すぎる。30年ずつ3回の人生を生きることになると、3回目の人生、60歳からの最後の人生のありようが、人の幸せを決定する。最後の10年、80歳からの10年をどう迎えるか、これが大問題なのである。

 葬式屋さんの葬儀の手の込んだしめやかな演出を見るとプッと吹き出したくなった。守るべき先祖とか代々継承してきた家産などあるのでなければ葬式なんかいらないじゃないかと思いつつ帰途についた。

 私の三回目の人生もいつの間にか8年過ぎた。昨年久しぶりの同窓会で会った小石川高校時代の友人たちも、今は退職して暇を持て余しているようだが、とても死にそうには見えない。葬式ラッシュの始まりは10年後だ。

 21世紀になって13年、いつまでも20世紀の惰性から抜け出せない日本国だが、20世紀が懐かしく思えてくる。20世紀最大の謎は、何故社会主義が自己崩壊したのかということだ。ハイエク教授の理論が正しいように思えるが、日本ではマルクス、ケインズの人気があり、全集も出ているのにハイエクの理論を語る人は少ない。何故なのだろう。嫌われているのかな?

 わが国憲法は個人の尊厳と幸福追求権を柱とする自由主義憲法なのに、日本人の暮らしの中には別のルールが貫流しているように思える。戦後の新憲法は、自由民権運動の成果でも、その伝統を生かしたものでもなく、欧米製のものだから、それを暮らしの中の原理にまで高めようというのはどだい無理なことなのだろう。

 法などは結局言葉の集積に過ぎないから、慣習、事実としての法則には負けてしまうのだ。言葉で飯食う法律家は、言葉を実在と錯覚してしまうことが良くある。事実の力が、人口問題もその一つだが、言葉の組み合わせである法制度など無視して社会を変えてしまうこともある。法律家は無力だ。サザエさん一家など、今はどこにもない。

 中国5千年の歴史の中で、毛沢東主席は、どのように位置づけられるのだろうか。日本のかっての進歩主義者はマルクス教の信者だったが、毛沢東は初めからマルクス主義者ではなかった。民族主義者であり、偉大な軍事的戦略家であった。

 日中戦争時、日本人は中国と戦争をしていたように考えるのが普通だが、当時、中国大陸での戦争の主役は、毛沢東の八路軍と蒋介石の国民党軍だったので、日本軍は脇役でしかなかった。八路軍と国民党軍の決着がついてから、毛沢東は、全力を集中して、日本軍を壊滅に追いやったのだ。朝鮮戦争から、チベット、インド国境紛争、ダマンスキー島事件、カンボジア内戦まで、第二次大戦後も、中国は実に戦争に明け暮れていた。

 安倍新政権は、尖閣諸島問題に乗じて防衛予算を増やしたそうだが、何やってんだという思いだ。第3次大戦は尖閣諸島上空での日中間空中戦から始まった。石垣島で琉球国独立を掲げる人民が蜂起し、沖縄でも琉球独立運動がひろがりそこに中国軍部隊がゲリラ支援を名目に出動し、石垣島を占領した。こんな歴史のポンチ絵が起こったら日本国民はどうするんだろう。思うに憲法9条はやっぱり重要だった。

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