司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>



 〈自衛戦争まで放棄した真意〉 

 先日、私が尊敬する法律の専門家・K氏から手紙を頂きました。その道の実務書しては、最高と思える法律専門書を書いている方です。法的見識は最高レベルにある方です。その方の手紙の中には、次のような記述がありました。

 「それぞれの国には、紛争を解決する手段として、AからZまで順番に選択肢があるとします。たいていの国は、最終手段として戦闘行為を選択すると思われるので、YからZに戦争という選択肢が位置づけられているのではないかと思います。しかし、日本だけは、紛争解決方法としての戦闘行為はAからZの選択肢の中にはない。始めからないんです」

 つまり、「9条は自衛戦争まで放棄しているもので、日本は紛争を解決する手段として、自衛戦争を含む一切の戦争を放棄している。紛争を解決する手段として、戦争は、侵略戦争に限らず自衛戦争まで放棄している」という考えのです。誠に心強い味方です。嬉しくなりました。

 そのうえで、K氏は次のように続けています。

 「これは大変なことです。日本以外の国では『どうしてもだめなら、最後の手段としてドンパチやるか』となるのに、日本はそれがない。それがないのにもかわらず、AからZまでの具体的な紛争解決方法をきちんと考え、実行してきたのか、振り返ってみる必要があります」

 日本は「自衛戦争もできない」という立場であることを理解すれば、戦争抜きの紛争解決手段を尽くさなければならないことになります。日本にはそれしか途がないです。ここにこそ、「自衛戦争まで放棄した」ことの本当に大事な意味があるのです。「戦争以外の途」を探さなければならないのです。

 この「紛争を解決する手段として、自衛戦争まで放棄した」ということは、かつて世界においてどこにもなかったことであり、日本国憲法9条が世界で初めてこのような立場を採ったのです。

 つまり、紛争を解決する手段として、自衛戦争を含む全戦争を放棄した国はないのです。それを、9条は世界史上、初めてやったのです。9条には、世界史的意義があるのです。まさに「これは大変なことです」とある通りです。普段から戦争以外の紛争解決方法を考えていなければならないのです。

 K氏は、さらに次のように続けています。

 「他国との間に紛争があると感じているなら、あるいは紛争になりそうなら、そうなる前に、国民それぞれの立場で、主婦なら主婦ができることで、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が使える人はその方法で、旅行者なら旅行先で、企業経営者ならそのネットワークを利用して、ジャーナリストならペンで、資本家なら資本の力を利用して、宗教家なら対話で、AからZまでの具体的な行動を起こして何としても戦争が起こる前に紛争を解決しなければならない」

 まさに「我が意を得たり」という思いです。私如きがこのような文を書き続けているのは、どこかにK氏が指摘するように「それぞれの立場で行動を起こしてほしい」という思いがあるからです。

 48年間にわたり、弁護士として法律に関わって生活してきた立場で、「何としても戦争が起こる前に、戦争を阻止するために自分もいくらかでも行動しなければならない」という思いがあるからです。そうしなければ悔いが残ります。


 〈「積極的平和主義」の誤魔化し〉

 日本は、憲法9条で自衛戦争まで放棄したということになれば、紛争を解決する手段として戦争という選択肢はないのですから、はじめから戦争以外の方法を探す他に途はないのです。

 このことは極めて大きな意味を持ちます。政治家も国民も安全保障を考えるうえにおいて、また紛争解決を考えるうえにおいて、戦争を前提とする考え方は一切入り込む余地がないのです。ですから、戦争以外の方法だけを考えることになります。このことは、かつて世界中どこにもない発想であり、極めて意義深いことなのです。

 「戦争以外の途を探す」、それが本当の「平和主義」なのです。戦力を増強し、外国へ出向いて戦争ができる国にすることは、9条に、本当の「平和主義」に真っ向から反するのです。

 安倍晋三首相の主張する「積極的平和主義」の「積極的」という言葉は、誤魔化しです。9条の平和主義に反することを知って、それを取り繕うとする誤魔化しの修飾語です。「戦争」も、「自衛」とか「侵略」などという意味のない修飾語はいらないのです、本質を見極めるには、余計な修飾語は不要です。変な修飾語を付けるのは、誤魔化しの手段です。

 政権担当者は、政治家は、戦争で一人の外国人を殺すことも日本国民にさせてはならないのです。自衛隊員を外国に送り、人殺しをさせてはならないのです。戦争で、一人の日本人も殺されてはならないのです。自衛隊員を戦場に送り、殺されるようなことをしてはならないのです。それが本当の平和主義です。それが9条の「戦争放棄」です。それを守るのが、政権担当者、政治家の最も大事な仕事です。

 政治家も国民も、「日本は自衛戦争も放棄している」という基本原則の下で、安全保障問題を考え、国際紛争を解決しなければならないということを意識しなければならないのです。

 日本は、安全保障や国際紛争解決の手段として、「戦争」という選択肢は、たとえ自衛戦争であっても、個別的自衛権であっても、集団的自衛権であっても、AからZまでないのです。このことが、「9条は、自衛戦争も放棄している」という意味なのです。これこそ、9条の世界史的意義なのです。

 「完全戦争放棄ということになれば、紛争を解決する手段として、戦争という選択肢はないのだから、戦争をしないで紛争を解決する方法を考えなければならない」ということになります。

 ですから「国は、国民は、普段から紛争を回避するために、あらゆる努力を重ねなければならない」ということになります。9条は、「日本には、紛争を解決する手段として、戦争という選択肢はない」という平和と安全保障に対する国や国民のスタンスの取り方を決めているのです。それこそ、「自衛戦争も放棄した」ということの真意です。

 (拙著「新・憲法の心 第15巻 戦争の放棄〈その15〉」から一部抜粋 )


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