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 〈弁護士が増えても事件数が増えていない現実〉

 私の地方弁護士の商売は、開業当初から順風満帆で、気仙沼市での16年間は、商売面では全く不安はなかった。経済的には恵まれ、自宅にミニ体育館を持てるほどだった。事務員はいつも10人近くいた。事務員だけでバレーボールのチームが編成できた。給料もボーナスも、それ相応に払えた。事務員一人の募集に対し、50人を超える応募もあった。地方弁護士の事務所は、世間から見ても魅力的存在だった。

 平成2(1990)年1月1日より、岩手県一関市に事務所を移したが、ほぼ気仙沼で開業していた状況と変わらず、商売は順調で、いわゆる長者番付には毎年高額納税者の一人として名前が出た。

 独立開業し、30年くらいの間は商売面で心配しなければならないという状況は一度もなかった。多忙のあまり60歳から体調を崩し、闘病生活に入ったが、入院中も10人近くの事務員でなんとか遣り繰りしてくれた。

 一度も事務所を閉めることはなかったのだが、さすがにこの闘病生活中は高額納税者などにはなれなかった。それまでの蓄えとスタッフの頑張りで、一日も休むことなく事務所は開け続けられた。10年間で10回を超える手術と人工透析治療などで事務所の継続が懸念されたが、なんとかやり続けた。それも、それまでの蓄えがあったからのことで、独立開業から30年間は、それほど多くのカネを稼げたということになる。

 70歳で妻より腎臓を移植してもらい、身体障害者一級という称号はもらったが、健常者と変わらない状態となった。しかし、その頃には地方弁護士の商売面は、前記日弁連会長候補者が言うような状況となってきていたと思われる。我が事務所の経営は、厳しい状況となってきた。

 闘病生活も原因ではあるが、それ以上に地方弁護士を取り囲む商売環境の悪化が、事務所経営を厳しい状況としている気がする。前記候補者の指摘は、そういう意味で的を射ている点も少なくない。私の印象では、地方弁護士事務所の商売面は、厳しい状況にあると断言できる。他の事務所はともかく、我が事務所について確信を持って、そう断言できる。

 気仙沼から一関市に事務所を移した平成2(1990)年当時は、岩手弁護士会の所属弁護士数は44名、一関市内で開業する弁護士は自分も含め4名だった。弁護士過疎問題が各地で騒がれていた。弁護士の数は足りず、地方弁護士は誰もが多忙だった。

 令和4(2022)年現在、岩手弁護士会の弁護士数は102名、一関市内で開業する弁護士は9名となっている。弁護士の数は、平成2(1990)年当時と比べると、岩手県で2.31倍、一関市では2.25倍に増えている。他の弁護士会でも軒並みに弁護士の数は増えている。

 それに比例して事件数も増えていれば、地方弁護士の商売面は安泰だが、現実はそうではない。事件数は増えはしない。そこに地方弁護士の商売という面が抱えている今日的問題がある。

 ちなみに気仙沼市は、私が同市で開業していた当時は、周辺町村も入れて10万人くらいの人口はあったが、令和4(2022)年は6万人を割った。弁護士は2人だったのが、8人に増えている。これでは弁護士一人当たりの受任事件数が少なくなるのは当然である。受任事件数が少なくなれば収入が減り、弁護士の商売面が厳しくなるのは当然である。

 地方では少子高齢化、人口減少が進んだ。特に地方小都市では、その傾向が強い。どの商売でも同じだが、客がなければ、商売は成り立たない。地方小都市では人口が減り、刑事事件数も民事事件数も減っていると思われる。その上で、市民の裁判離れという現象もある。裁判事件数は減っているのではないかという印象が強い。少なくとも裁判事件数は増えてはいないと思われる。関心のある方は確認されたい。

 このような状況で弁護士が増えれば、弁護士一人当たりの受任事件数が減るのは当たり前だ。この傾向は、私がこれまで弁護士をして来た宮城県仙台市や、同県気仙沼市、岩手県一関市に限ったことではない。全国的な傾向である。前記候補者は全国の状況をデータを挙げて説明している。

 その裏付けはとっていないが、この候補者の挙げているデータは信用することはできると思う。この候補者の指摘は、的を射ているという実感がある。

 弁護士の人数が増えるのに対し、事件数が減ると一人当たりの弁護士の受任件数が減り、収入が減少することは当然であり、地方弁護士の経済的基盤が脆弱化することになる。仕事量が減れば、収入が減る。収入が減れば、所得が減る。これは当たり前だ。地方弁護士の一人当たりの収入も所得も減っているという印象は否めない。他の弁護士のことはともかく、私自身は、この候補者の指摘を、我が身が置かれている状況から実感している。

 弁護士の人数が多い方がよいのか、少ない方がよいのか、弁護士の人数はどれくらいが適正かなどという議論はともかく、弁護士の数は増えても事件数が増えないため、一人当たりの収入、所得が減っていることは事実だと実感する。地方弁護士の商売面を考えると、この候補者が「弁護士という職業が存続の危機にある」と言っていることは、オーバーだとは言い切ることはできない気がする。無視できない指摘である。私の経験では、そういう面があることを全面的に否定することはできない。


 〈この先が心配な地方弁護士の状況〉

 現在の地方弁護士の商売面の状況は、極めて厳しい状況にあると断言しても間違いない。そういう認識は地方弁護士の多くが持っていると確信する。地方弁護士の過去の恵まれた経済状況を知らない若い弁護士は気付かないかもしれないが、古き良き時代を知っている身としては、現在の地方弁護士の経済状況は厳しく、このままではこの先が心配でならない。かつて全く気にならなかった地方弁護士の商売面が気にかかってならない現在である。

 一関市で開業している弁護士は、令和4(2022)年1月1日現在9名となっているが、私以外の各事務所の事務員の数は0~1人となっている。これは、一関市で開業している税理士事務所よりも事務員数が少ない。事務員が何人いるかで弁護士の経済状況や商売面を一概に語ることはできないが、事務員数が少ないということは仕事量が少なく、とても商売が反映しているとは言い難い。

 気仙沼で開業していた30年以上昔には、私の事務所にも、同市で開業していたもう一人の事務所にも、5~10人くらいの事務員がいつも勤務していた。ちなみに現在、私の事務所は7人の事務員となっているが、これは一関市においては突出している。しかし、かつて稼いだ資金を食い潰し、何とかやっているというのが実態である。今の状況では、遠くないうちに資金も底をつくことになりそうである。

 地方弁護士の商売の状況は、極めて厳しい状況にあるといえる。この候補者が指摘する通り、「地方弁護士は経済的基盤が脆弱化し、存続の危機にある」と言っても過言ではないという思いを深くしている。これは他人事ではなく、自分自身の問題である。それでも私には50年を超える実績がある。他の同地域の弁護士よりは、依頼者も多く受任事件数も多い。しかし、存続の危機は実感させられている。長い過去の蓄積で、かろうじてやらせてもらっているというのが実情である。

 経験が少なく、人脈が薄く、備蓄もない若い弁護士が気になって仕方がない。相当に経済的に厳しい状況にあるのではないかと心配している。若い弁護士のことは正確なことは分からないが、自分自身の状況と過去と比べれば、相当に厳しい状況にあることは事実である。

 これから地方弁護士を目指す若者に自信を持って、地方弁護士になりなさい、勧めることができない理由は、ここにある。私事だが、息子にも、娘婿にも、地方弁護士となることを強く勧めることができずにいる。これが、地方弁護士の一人である私の商売の現状ということになる。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第6巻(本体1000円+税)も発売中!
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