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 〈地方住民の迷い、悩みに寄り添う存在〉

 地方弁護士のこれまでの主な仕事は、依頼者の言い分の正当性の強調と、相手の言い分の不当性を掘り下げる作業であった。同じ次元で互いに一歩も譲らない。裁判官は、同じ次元でどう理屈をまとめるかに気持ちがいき、紛争解決より理屈を優先させる裁判を進めることになる。

 このような作業は、「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という「いなべんの哲学」に反する生き方であることは明白だ。つまり、もう一段高い次元から見れば、そのような紛争解決の仕方は、始めから不毛な作業といわなければならない。

 喧嘩犬と言われてきた地方弁護士の仕事振りは、「いなべんの哲学」から見れば、見直さなければならないと思えてきた。法律以前に「人間は、どう生きるべきか」という哲学がなければならない。

 医療も法律も、それ自体が人生の目的ではなく、「いなべんの哲学」、つまり「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」を実現するための手段に過ぎない。この認識は、地方弁護士の商売を考える場合にも不可欠である。

 真に地方弁護士が、地方住民にとって必要不可欠な存在となるためには、地方住民が心の底から地方弁護士を必要と思うような指導力を地方弁護士は身に付けなければならない。

 地方住民が日常的に抱えている迷いや悩みを一緒に悩み、一緒に考え、一緒に解決してやれるような広くて深い哲学を地方弁護士は確立しておかなければならない。それができれば、地方住民の日常生活に深く関与し、地方弁護士の仕事を大幅に拡大でき深められ、地方弁護士の商売は繁盛することになる。

 地方住民は日常的に、人生はどう生きるべきかと迷い、悩み生きている。その地方住民の迷いや悩みに寄り添ってやれるような存在に地方弁護士はならなければ、地方弁護士の役割は果たせず、地方弁護士の商売は繁盛しない。これまでは法律の条文や、判例や、法理論に関する知識を切り売りして商売をなしてきた。それだけでは、地方住民が本当に必要としている地方弁護士という存在になりきれていない気がする。

 最近、「いなべんの哲学」を確立して、地方で開業する弁護士は、喧嘩犬のままで終わってはならないという考え方に至った。のみならず、時の氏神様に昇華しなければならないという考えに至った。喧嘩犬から氏神様になるのだから、固体から液体を通り越して、いきなり気体になるような大変化だ。

 今、地方弁護士はそれをやらなければならない時期だと確信する。喧嘩犬的仕事ばかりしていては、地方弁護士の商売は行き詰まる状況となっている。ここを打破するためには、氏神妻的仕事をしなければならない。


 〈法律問題より大事な問題〉

 生身の人間は、病気をしたりケガをすることは避けられない。それを治すのが、医師の仕事だ。人間も動物だ。競争本能があり、争い事となることもある。争い事は避けられない。争い事を治めるのは、医師の仕事ではない。争い事を治める仕事は、弁護士がなすべきだ。

 争い事の代理人という仕事から、争い事を治めるという仕事に弁護士の仕事を変えるべきだという思いに至っている。争い事を治めるだけでなく、争いにならないように未然に防ぐ仕事を、地方弁護士の仕事としなければならないと思うようになってきている。

 裁判所は、紛争となった場合は双方の言い分を聴いて、証拠の裏付けを取って、どちらが正しいかを判定する。しかし、紛争は物事が縺れて争うのだから、勝敗を付けたら、どちらが勝っても遺恨、つまり、いつまでも忘れられない恨みが残る。紛争はスポーツではない。試合が決まれば、互いに握手するようなものではない。

 紛争も遺恨も、「人生は、いまの一瞬を、まわりの人といっしょに、楽しみ尽くすのみ」という「いなべんの哲学」に逆行することは明白だ。裁判沙汰にさせては、「いなべんの哲学」を実践しているとは言えない。裁判沙汰は、当事者にとって、これほど心が痛むものはない。裁判になったら、関係者は誰も幸せになれない。

 「いなべんの哲学」を実践するためには、紛争を深刻化させたり、長期化させたりしないで、早いうちに、傷の浅いうちに争い事を治めなければならない。裁判になったら紛争は長期化するし、互いに傷は深くなる。できることなら裁判とならないようにしてやらなければならない。

 地方弁護士は、喧嘩犬から氏神様にならなければならない。これは法律の問題ではない。生き方の問題であり、哲学の問題である。法律の問題より、もっと大事な問題であり、人生においては、法律よりもっと根本的な問題である。法律や裁判より、もう一段高い次元ということになる。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~15巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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