〈根本的に基盤が変わった戦争の哲学〉
アインシュタインは、「人間の心の中にこそ、戦争の問題解決を阻む、さまざまな障害がある」と述べています。フロイトは「戦争は自然世界の掟に則しており、生物学的なレベルでは健全であり、現実には避けがたいものなのです」と言い切っています。
アインシュタインもフロイトも、戦争は動物的本能によるものであり、自然であると考えていたようです。確かに、「自分が、自国が生存するためには、防衛手段や自衛戦争は止むを得ない」という考え方が一般的です。今でもそう持っている方は多いと思います。
ですが、第二次世界大戦終結直前に核兵器が開発され、広島、長崎に原爆が投下された後、地球上に核兵器が充満している20世紀後半から21世紀の現在においては、哲学の基盤が根本的に変わったのです。
21世紀の現代では、たとえそれが自己の生命、自国の存立を守るためであっても、つまり自衛戦争であっても、戦争は絶対にしてはならないという地球環境になっているのです。「戦争は絶対にしてはならない」という心のあり方は、どのような哲学にも宗教にも優先しなければならないと確信しています。
釈迦も孔子もソクラテスも、そして、アインシュタインもフロイトも、健全な地球の存在、人類の生存を前提として、つまり、戦争によって人類滅亡、地球壊滅に至るとまでは想定していない範囲内での哲学であり、考え方なのです。 しかし、21世紀は、戦争になったら核兵器によって人類滅亡、地球壊滅という危機的状況になってしまいました。健全な地球、人類の存続を前提とする哲学はその基盤を失ったのです。
織田信長(1524-1582)、豊臣秀吉(1536-1598)を経て、徳川家康(1542-1616)が武力で日本を統一したこと、「南北戦争」(1861-1865)という武力闘争によってアメリカ合衆国が統一されたことなどの例を出すまでもなく、暴力によって世の中が統一されてきたことは歴史的事実です。
戦争は動物的本能のなせる業であり、歴史を振り返ってみても、これを捨てること、つまり「戦争放棄」、「戦力の不保持」は、動物の一種である人間の本能として不可能ではないか、という考え方、哲学に基づき、これまで戦争防止論は議論されてきました。
それが、つまり動物的本能を受け容れた上で、戦争防止論を考えるというのが、これまでの戦争に関する哲学の基盤です。アインシュタインもフロイトも、戦争を嫌悪する人類の文化の向上を願っていましたが、「人間の本能の放棄」といえる「戦争放棄」、「戦力の不保持」までは考えていなかったと思います。少なくとも、そこまでは言い切っていません。そのような哲学は、戦争によって親類滅亡、地球壊滅が現実的問題とまではなっていなかった地球環境基盤の上に立っていたのです。
しかし、日本国憲法9条は、そのような動物的本能さえ捨てることを宣言したのです。そうしなければ、人類滅亡、地球壊滅があり得ると考えたのです。そのような地球環境になっていることを悟ったのです。
そのことに気付いたのは、第二次世界大戦で6000万人とも8000万人とも言われる人間が死んだことと、広島・長崎の被爆体験に基づくものです。広島では14万人、長崎では7万人が1発の原爆によって一瞬にして殺されたという体験によるものです。私たち日本人は、これからの戦争は人類滅亡、地球壊滅に至るという具体的、現実的危機感を、世界で唯一の原爆被爆国となり、身を以て体験したのです。
〈人間の欲望を掘り下げる必要性〉
21世紀の現在、「戦争防止論」を考える背景は変わりました。動物の本能論だけでは抜本的解決は不可能になっているのです。変った基盤に立って、もう一度「戦争防止論」の心理的側面を見直す必要がありそうです。
戦争は人間の行動です。「戦争防止論」を考える上では、人間の行動を掘り下げなければなりません。「行動」とは、「個人または集団が目的をもって、実際にからだを動かすこと」(角川必携国語辞典)です。「目的」とは、「やりとげたいと目ざしていること」です。その根源は欲望です。人間の行動を掘り下げるためには、人間の欲望を掘り下げることが不可欠となります。戦争の原因は、一人一人の欲望の中にあるのです。
そこで、「欲望と戦争」と題して、両者の関係を掘り下げてみることにしました。欲望を掘り下げると言っても、心理学など学んだことのない私如きにできることではないと、匙を投げようとも思いました。ですが、「心理」とは「心のはたらき」てあり、「欲望」とは「望む心」です。心は私にもあるのです。他人のことはともかく、私の心のはたらき、私の望む心を掘り下げることはできます。
私は42の厄年に糖尿病、高血圧症、高脂血症を宣告され、62の厄年には慢性腎不全で人工透析導入を宣告されました。60歳代の10年間は入退院の繰り返しでした。10回にわたる手術も受けました。人工透析法も、生体腎移植も体験しました。癌摘出手術もしました。死も覚悟しました。死の淵から蘇ることも実感しました。
そのような中で「人間は、欲望によって行動している」という体験を、いやというほど味わいました。人間の欲望について考えさせられる機会を、60代の10年間で集中的に体験させられたのです。
戦争を防止する2つの柱の1つである人間の心のあり方の調整を考えるためには、人間の行動の源泉である欲望を掘り下げる必要があります。欲望を掘り下げる方法として、自分自身の欲望を掘り下げてみるのが手っ取り早く分かりやすいと思います。
他人の心は分かりませんが、自分の心なら分かります。他人がどう感じたかは分かりませんが、自分がどう感じたかは分かります。まず、自分の心をのぞいてみることにします。
(拙著「新・憲法の心 第21巻 戦争の放棄〈その21〉」から一部抜粋)
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