〈「法の支配」〉
「法の支配」という言葉には、惑わされました。「支配」とは、「上に立って人や組織を思いどおり動かすこと」(角川必携国語辞典)ですから、法律がすべてを動かせるという考え方なのか、と思い込んでしまったのです。
もし、「法の支配」という言葉がそのような意味だとすれば、この言葉には賛同できない、と思いました。政権担当者などから、「『法の支配』なのだから、法はそうなっているのだから仕方がない」とか、「『法の支配』なのだから、法さえ作れば何でもできる」なとど、「法の支配」という言葉が悪用されそうな気がします。しかし、「法の支配」の法は、そのような狭い意味ではないのです。
法律は、国会で制定しますが、国会が作った法律がすべてを動かせるとする考え方には納得できません。法律は、国会で多数決で制定されますが、国会議員の多数決で制定した法律だって、憲法や憲法の本となる自然法、根本法、基本法、原則法等に反する内容のものがないとは言い切れません。
そのような法律でも、制定されれば、その法律に支配されなければならない、という考え方だとすれば、「法の支配」という言葉には、賛同できないと思うのです。
最近、「法の支配」という言葉の意味をそのように思い込んだのは、私の誤解だったことに気が付きました。そもそも「法の支配」という言葉は、英米法系の基本的原理であり、英語では「rule of law」と言うのだそうです。ルール(rule)という言葉には、支配という意味もあるようですが、原則とか、当たり前のことなどという意味もあるようです。
ものごとを成り立たせる根本の決まり、つまり原理という意味があるのではないかと思うのです。ロー(law)という言葉の語源は、定められたものということだそうですから、人が作った法令を言うのだと思います。ですから「ルール オブ ロー」という言葉は、「法律の本となる原理」と訳してもらうと、法律にもその本となる原理があり、人間の作った法律もその本となる原理に従わなければならない、ということになりそうです。
私は、語学力がありませんので、このような考えは、頓珍漢なのかも分かりませんが、このように考え方が、「ルール オブ ロー」という言葉に納得できるのです。この言葉の真意は、法律の本となる原理に従わなければならない、という意味になるのです。
そうだとすると、たとえ国会で多数決で制定した法律でも、その原理から外れたものであれば従う必要がない、ということになります。一時の勢いで数で押し切って作った法律が、本となる原理(ルール)に反している時は、その法律より本となる原理に従わなければならないと考えれば、理屈の上では専断的な国家権力、つまり数で押し切るような時の勢いで、物事を自分勝手に決めるような政権などの支配を排することができます。
〈「ルール オブ ロー」の真の意味〉
このように考えますと、たとえ憲法96条の憲法改正の手続の規定に従っても、憲法の本となる原理に反する内容の憲法改正は許されないことになります。「法の支配」「ルール オブ ロー」という憲法の基礎理論は、法に従えば何でもできる、というものではなく、逆に憲法改正の限界を画する考え方であることが理解できます。
このように考えれば、「ルール オブ ロー」が、英米法系の基本原理とされていることに納得できます。これですと、英米法系の世界に限らず、人類普遍の原理として日本でも取り入れるべき原理、つまり根本的決まりと考えるべきものとなります。私の好みから考えれば、「ルール オブ ロー」は人類普遍の原理として憲法の本となる考え方であり、制定法や政権担当者を縛るルールということになります。
「ルール オブ ロー」は、「法の支配」と訳さないで、「法律の本となる原理」とでも訳すべきだったのではいかなどと思っています。もともと「法」という言葉は、法律や規則のように定立された法、つまり実定法を指すことが一般的ですが、それだけではなく、人間が規則として定立したものに限らず、社会生活を営む上で、守らなければならない決まり全体を広く指すこともあります。つまり、掟とか、しきたりという意味です。そもそも仏教では、法とは仏の教えを指す言葉です。
ですから、「法」という言葉には、英語がルールとローとを分けて使っているように、日本語においても、「法規」と「世の中の決まり」の二つに分けて使った方が分かりやすい気がします。そう考えますと、やはり「ルール オブ ロー」は「法の支配」という誤解されやすい訳よりも、「法律の本となる原理」とでも訳した方がいいのではないかと思うのです。
「法の支配」という言葉を「法律の本となる原理」という言葉に替えたうえ、それは何かを見つけ出す作業が、隠れている部分を見るということになります。その「法律の本となる原理」、特に憲法の本となる原理、つまり憲法を成り立たせる決まりを、しっかりと把握する作業が憲法の基礎理論ということになるのではないでしょうか。
(拙著「新・憲法の心 第25巻 国民の権利及び義務〈その2〉」から一部抜粋)
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