〈調整役としての地方弁護士〉
地方で長く開業している弁護士は、クライントと家族ぐるみでの付き合いが長くなり、家族全員から信頼されるようになることも少くなくない。そうなることは、地方で開業する弁護士の理想だ。長く弁護士をしていると、そのような家族の中で、父が他界し相続問題が発生した場合に、相続人となった妻と子供らから遺産分割の合意が成立するように調整役を依頼されることが多くなる。
遺産分割協議書を作成して欲しいと、相続人全員から頼まれることも多い。その内容は一任すると言われることも少なくない。ここまでこられれば、地方弁護士冥利に尽きる。地方弁護士は、そういう存在となりたい。地方弁護士生活も40年を超えた頃からは、そういう依頼も多くなった。
地方小都市で「いなべん」を名乗り、多くの事件を処理し、多くの本を発行し、多くの講演をなしてきたお陰で、家族ぐるみの付き合いをしている人も多くなり、相続問題や離婚問題での調整役を頼まれることが多くなった。
最近では、相続問題、離婚問題に限らず、動き方によっては刑事事件となりそうな揉め事や、団体同士の争い事などにおいても調整役を頼まれることが多く、あらゆる分野で調整役を頼まれることが多くなった。夫婦の仲に入って、夫婦喧嘩を未然に丸く治めることも少なくない。
このような調整役を果たすことが、地方で開業する弁護士が喧嘩犬から氏神様へと昇華することだと思うようになりつつある。そして、それを実現しつつある。
このようになりつつあるのは、前記のように「いなべんの哲学」を確立したことによるものであるが、周りの人も「いなべんの哲学」を理解し、周りの人からもその理念に従っての仲裁をして欲しいと求められるようになったことによる。
地方で開業する弁護士が、喧嘩犬か氏神様に昇華するためは、その弁護士に対する信頼が不可欠だ。地方住民から、「あの弁護士なら自分の気持ちも分かってくれるし、どちらも納得できるように考えてくれるはずだ」という信頼がなければ、調整役は任せてもらえない。
そのような信頼を得るようになるためにはどうしたらよいかであるが、抽象的に言えば、そうなりたいと普段から考え、行動しなければならない、ということになる。地方弁護士はまず、あの弁護士は嘘は言わないという信頼を得ることが大事だ。
そのためには約束を守る。狡いことはしない人だというイメージを普段より地方住民に持ってもらうことが大事だ。こんなことは、弁護士に限らないことで、どの商売においても不可欠なことである。商売をする人間にとって、信用が大事であることは、今更いうまでもない。
〈必要となる高い人間総合力〉
地方弁護士が調整役を地方住民から任せてもらえるようになるためには、地方住民からの絶大な信用が不可欠である。
「弁護士倫理の理論と実務」という本には、「調整行為を行う弁護士の資格としては、その職務内容が依頼者らの利益相反が顕在化しやすい状況下で全員の利害調整を公平に行うものであることを考慮すると、相当程度の法曹経験を要するとすべきである」と書いている。深く共鳴する。ただ、調整役弁護士としての資格としては、法曹経験だけではまだ不足だ。地方住民からの絶大な信頼が必要不可欠だ。
法曹経験とは、何を言うのか。「法曹」を手許の国語辞典で調べると、「法律関係の仕事に従事する人」とある。だから相当程度の法曹経験とは、法律関係の仕事を長く経験している人ということになろう。しかし、喧嘩犬から氏神様になるためには、法律関係の仕事を長くしているだけでは足りない。「人生をどう生きるべきか」を真剣に考え悩み、一度限りの人生は、こう生きるべきだという信念を持ち、他人にもそれを勧められるような哲学が不可欠だ。
法律的な理論や理屈にだけ拘り、どう書いたら司法試験の合格答案となるかというレベルでは、喧嘩犬として吠えることはできても、氏神様となって紛争を事前に調整するという大役は果たせない。紛争の解決のためには、法律の条文や判例や法理論などの知識だけでは足りない。常識や人情や人の気持ちを理解し、他人を納得させる説得力がなければならない。法律論争の次元より、一段高い視点で問題解決の糸口を見付け出す能力を要求される。高い人間総合力が必要となる。
地方で開業する弁護士が調整型弁護士業を実現すためには、依頼者ひいては、地域住民からの信頼が不可欠となる。その信頼は、「相当程度の法律関係の仕事に従事した」というだけで得られるレベルのものではない。法律知識だけではなく、人間総合力が求められる。
法律の条文や判例や法理論の知識だけでは、紛争になりそうな問題を事前に阻止したり、紛争を円満に解決してやる調整型弁護士としての役割を果たすことはできない。法律の条文や判例や法理論の知識という次元より高い次元で、当事者を納得させる能力が必要となる。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~16巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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