〈地方弁護士の心の持ち方〉
前記のパンフレットの「当院は地域に根差す家庭医として、病気に限らず、育児の心配、介護の不安、そして日常の健康相談まで幅広く皆様が気軽に相談できるように心掛けています。お出で下さるのをお待ちしています」というキャッチフレーズを地方弁護士はどのように受け取るだろうか。
私には、このキャッチフレーズには地方弁護士が見習うべき商売のコツが盛り沢山に入っていると思える。何よりも「お出で下さるのをお待ちしています」という短い言葉の中に商売のコツが凝縮されている。商売気、職業意識、つまり商売を繁盛させたいという気持ちが表に出ている。のみならず、本当に役に立ちたいという優しさが出ている。
地方弁護士の事務所で「お出で下さるのをお待ちしています」というムードのある事務所は少ない気がする。ハッキリ物を言う年配の御夫人は「弁護士事務所を訪ねると妙に緊張する。受付の対応も、電話の話し方も堅苦しい」などと前置きし、「ここの事務所は雰囲気が違う。事務員さんたちは一斉に立ち上がり笑顔で迎えてくれる。それだけで緊張感が解け、ホッとする」と言ってくれる。
そのように言うクライアントは少なくない。お世辞を言っているだけとは思えない。事務長以下スタッフは良くやってくれている。
地方弁護士のクライアントを迎える様子は堅苦しいものではないかという気がする。病院や法律事務所の仕事の性格上、堅苦しくなるのは当たり前とも思えるが、来てくれた人を歓迎しているという雰囲気は、心があれば態度や表情に出る。普段からの心掛けが表に出る。
病院に来る患者も、弁護士事務所に来る相談者も、心配事を抱えて緊張してやって来る。その緊張を解いてやることから商売は始まっている。「よく来てくれました。もう大丈夫ですよ」という気持ちで迎えれば、それが顔や態度に必ず出る。弁護士の気持ちは、事務局スタッフにも伝わる。地方弁護士の心の持ち方が大事となる。
前記キャッチフレーズは「気軽に相談できるように心掛けています」と語っているが、そのような心掛けのない弁護士は、商売という面では地方弁護士に向いていないと断言しても過言ではない。そのような事務所のムードを作れない人は、そもそも商売に向いていない気がする。
地方弁護士は地方住民に対し、その悩み事を解決してやるサービスを提供し、カネを貰う仕事であるという地方弁護士業の本質を忘れてはならない。
気軽に相談できるようなムードの法律事務所とするためには、弁護士が人間好きにならなければならない。人と接すること、人と話すことが好きにならなければならない。どの商売であれ、商売をする人はそうでなければならない。
そもそも商売は人との間でなすものであり、人嫌いな性格の人には向いていない。地方弁護士の事務所は、弁護士のみならず事務員も家族も人間好きが集まっているのが理想だ。人間好きではないにしても、商売気を持たなければ、地方弁護士の商売とするのは難しい。
〈優しさ、人を憂える心が大事〉
年寄りとなって最近気付いたことだが、相談者と話していて楽しいのは、法律の条文や判例や法理論の話ではない。紛争で勝つためには、どうしたらよいかなどという戦略会議のような話ではない。そうした話は面白くもおかしくもない。その人の生い立ちや、経験や、生き方などの話の方が面白い。
それのみならず、地方弁護士事務所に相談に来る人との話の中には、法律や裁判に関する話を第一の話とすれば、それとは関係のない雑談というか、余談とも思える第二の話がある。この第二の話の中にこそ、問題を根本的に解決する糸口が隠れていることが少なくない。
「要件事実だけ話せ」などと言う人は、地方弁護士の商売に向いていないと確信する。そういう人は地方弁護士事務所を開所するより裁判官か検察官になった方がよい。商売人には向いていない。
人間の生活を「要件事実」などという裁判用語で切り取って、紛争の真の解決ができるなどと思い込んでいる弁護士は地方弁護士に向いていない。地方弁護士は要件事実に寄り添うのではなく、クライアントの悩み事、クライアントの生き方に寄り添うことが出来なければならない。
地方の開業医や地方弁護士事務所を初めて訪ねて来る人に対しては、その緊張を解くことから始め、生い立ちや、体験話や、生き方などを語り合って、互いに人間同士として親しくなることから始めなければ、本当の信頼関係は生まれない。このような対応は、格好だけではできない。人に対する思い遣りがなければ続かない。格好だけやろうとしても馬脚が出る。本当に人好きにならなければならない。
前記パンフレットの女医先生の顔写真は、いかにも優しいお顔だ。地方弁護士も優しい顔とならなければならない。本当に人好きになれば、優しい顔になる。子供好きの人は、子供に対して優しい顔に自然となっている。地方弁護士は、優しい顔の方がよい。
地方医は患者に優しい顔で、地方弁護士は相談者に優しい顔で接する。それは地方医、地方弁護士を商売という視点で見た場合には、極めて大切な事である。それができないようでは、地方弁護士には向いていない。手前味噌となるが、最近は「先生の顔を見るだけで安心でき、ホッとする」と言ってくれるクライアントが多い。
「優しい」という字を分析すれば、「人を憂える」となる。人のことを心配して心を痛めることの出来ない人は、地方弁護士という商売人には向いていない。法律の条文と判例と法理論にだけ関心があって、人に関心のない人は、裁判官や検察官や他の公務員となった方がよい。徹底して理論や理屈が好きなら学者もいいかもしれない。しかし、それだけでは商売人には向かない。商売人は、人間総合力が要求される難しい仕事である。
地方弁護士の商売が上手く行くかどうかの核心は、法的知識の有無ではなく、優しさ、人を憂える心の有無にこそある。地方弁護士を目指す人は、法律の条文や判例や法理論を勉強し、いい答案を書けばよいなどという考え方では、地方弁護士の商売という面では、合格答案は書けても不合格となる。
(拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)
「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~16巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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