〈子の生活費になったかつての相続財産〉
民法は、明治時代に施行されたものです。施行されて124年が経過しています。この間、敗戦で明治憲法から日本国憲法に変わり、それに合わせ、民法も相続に関する部分は、家督相続から男女平等の均等相続に変わりました。日本国憲法下における法定相続分は、「配偶者3分の1、子供3分の2」だったものが、昭和56(1981)年1月1日から「配偶者2分の1、子供2分の1」に変わりました。
昭和56年の改正では、形式的平等を修正するため、結果的には家督相続の要素を取り入れたと思える寄与分制度が新設されました。家業を継いで遺産を残すことに役立った相続人に、それ相応の遺産を先にやろうという制度です。実質的には、家督相続的要素を取り入れたとも言えそうですし、戦後間もない頃の形式的平等の欠陥を修正して、実質的平等を実現しようとしたとも言えそうです。
相続に関する民法の規定は、124年前に施行され、その後その時々の時代背景により、その時代に合うように改正もされてきましたが、124年前と現代では、相続問題を考えるうえで、決定的な違いが生まれています。
それは、「高齢化社会」と「少子化社会」などにより、相続を取り巻く事情が変わったことによるものです。100年も経てば、社会状況は大きく変わります。法律もその変化に順応しなければならないのです。
明治時代の平均寿命は、43歳くらいだったのです。令和時代の平均寿命は80歳を超え、最近では「人生100年時代」などと呼ばれるようになりました。明治、大正、昭和の前半は、子供の数が5人くらいは普通で、10人くらいの子沢山も珍しくなかったのに、今では2人くらいが普通で、3人なら多い方です。10人の子持ちなら珍しがられ、テレビで紹介されることになりそうです。
明治、大正、昭和前半の平均寿命は40歳代で、そのような平均寿命では、被相続人が40代、相続人である子は10代以下の子も多かったはずです。親の残した財産は、子どもらのこれからの生活費に充てられて当然です。残された子は、親の残した財産で生活するほか方法はありません。親が残した財産は、残された子どもらの生活のために使わなければならない状況でした。
しかし、平均寿命が80歳を超えている現在、被相続人は80歳を超え、相続人である子は60歳を超えています。親が亡くなる頃には、子は社会的にも経済的にも親以上の力があります。相続を子どもらの生活のための制度と考える時代ではなくなりました。
遺産を残した人の自由にさせればいいのです。遺産を残す人は元気なうちに、ぼけたりしないうちに、自分の気持ちで遺産を誰にどのように引き継ぐかをはっきりさせておくべきです。現代は、そのような社会状況になっています。
〈時代的に不要になった遺留分制度〉
このような時代の変化の中で、相続に関する民法の規定の中にも、見直しが必要な規定があります。前記したように昭和56(1981)年に、法定相続分が「配偶者3分の1、子供3分の2」から「配偶者2分の1、子供2分の1」と、子どもの取り分が減らされました。これは、子どもの数が減った、つまり少子化に対応したものでした。
しかし、もっと思い切って、子どもの相続分をなくし、配偶者に全部相続させるとかの方法も考えられたのではないかと思います。もっとはっきりと、遺産を残す人の考えによることを打ち出すべきだった気がします。そういう考えで、遺留分制度は廃止すべきだったという気がします。
遺留分という制度は、例えば、父が「遺産のすべてを長男に取得させる」という遺言書を残していても、二男は自分の法定相続分の半分は、長男に「自分によこせ」と請求できることを法律が認めた制度です。
この規定は、遺産を残す人の気持ちで変えられないとされています。つまり、遺言書で遺留分は認めないとしても、その部分は無効となります。ここがおかしいのです。被相続人と相続人の関係からすれば、被相続人としてはどうしてもあの相続人には何もやりたくない、ということもあるはずです。その気持ちは、尊重されるべきと考えられるべきケースも少なくないのです。
遺留分という制度は、相続が残された子どもの生活のために不可欠だった時代だったら、理解できる面もある制度ですが、子の方が経済的に強い立場にある現代では、この規定は不要だと思います。
この規定のため、遺産を残す人の意思は無視され、遺産を残された人同士で、骨肉相食む争いの原因となることが多いのです。いまや遺留分という制度は、百害あって一利なしの制度だと思います。
(拙著「いなべんの哲学 第6巻 」から一部抜粋)
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