〈対応の問題を認めた点は評価できる〉
原告ら住民は、市長及び市幹部職員のコンプライアンス違反、リスクマネジメントの欠如、インテグリティの欠如を具体的に主張し、それを立証しました。裁判所も、原告らの指摘を理解してくれたものと思います。
判決は、「市は、本来であれば、自らの費用でこれ(本件廃棄物)を撤去した上で、瑕疵担保責任の追及として、売主に対し、撤去に要した費用相当額の損害賠償を求めることができるはずであるが、市が、売主の瑕疵担保責任を免除する旨の本件覚書を締結したことで、本件廃棄物の撤去費用について、売主に対する瑕疵担保責任の追及としての損害賠償請求ができなくなったのである。そうだとすると、本件覚書は、一旦支出した撤去費用について売主に対する損害賠償請求ができるか否かに関わる問題であるから、本件覚書の締結自体を財務会計行為として、その違法性を争う余地はある」と述べています。
原告ら住民は、市長及び市幹部職員の胆沢統合中学校用地確保という財政行為には、本件土地購入から本件公金の支出に至るまでの一連の行為の中に多くの法令・規則違反があることを具体的事実を摘示し、主張・立証しました。
そして、裁判所も、市長及び市幹部職員には、多くの法令・規則違反があることを暗に認めていながら、「そのことをもって、本件廃棄物の撤去費用の支出行為(本件公金支出)それ自体が違法となるものではない」としたのです。
結論は、納得できませんが、この判決は評価すべき点もあります。原告ら住民としては、奥州市民に、「市長及び市幹部職員の対応に問題があったことを裁判所が認めた判決である」と大手を振って、報告すべきです。「敗訴」という一字を以て、「無意味な裁判だった」とするのは早計です。軽率な判断です。
そもそも、本件土地に埋設されていた廃棄物は、隠れた瑕疵ではありません。前記の通り、公知の事実だったのです。買取交渉時点より、関係者は知っていたのです。本件土地の売主(建設会社、同社長個人)も抵当権者(信金)も買主(奥州市)も皆、承知していたのです。
市長以下市幹部職員は、本件土地には、廃棄物が埋設されていたことを知っていたのです。知らなかった者がいたとすれば、それは職務怠慢だったのです。そのことが、本件住民訴訟の最大の問題であり、原告ら代理人の私としてはそこを裁判所に知ってもらうことが何より大事だと考え、その点を中心にして、主張・立証を尽くしました。裁判所もそこは理解してくれました。判決文を読むと、そのように読み取れます。その限りでは、この判決は評価できるの判決です。
〈控訴以外の方法も〉
しかし、裁判所は前記の通り、問題点を廃棄物処理料の支払いだけに絞り込んだ上、市が買い取って市の所有地となった土地だから、その土地に埋設されている廃棄物の撤去費用は、市が負担するのは当たり前としました。「市の所有地に埋設されている廃棄物の処理費用を市が負担するのは当たり前」と判断したのです。そこだけをとらえて言われると、「それはそうだ」と思いますが、1点のみ、つまりワンポイントだけを判断し、そこに至った原因、経過などを全て捨て去ったのです。
それまでの経過や病歴などを見ないで、「血圧140は高い」と言うのと同じです。「富士山の8合目にいる人は誰もが健常者だ」と言うのと同じです。そこに至った経過を切り捨てる過ちを犯したのです。これでは、原告ら住民のみならず、一般通常人なら誰だって納得できません。
「血圧140」「どちらも8合目にいる」というピンポイントだけでは、患者の症状を正しく診断できないのです。そこへ来るまでの経過を精査しなければ正しい診断はできないのです。
本件土地は埋設物が埋設していることを知りながら、買い、その埋設物の撤去費用は市が負担するという覚書を交わし、その結果、市が支払うべき責任のない埋設物撤去費用を市が支払ったのです。しかも、その撤去費用は、本件土地の購入代金を超えるという経過と結果を無視したこの判決に納得できない、という住民の声を、このまま放置できません。なんとかしたいのです。
控訴は、その1つの方法です。ですが、方法はそれだけではありません。文章にして、世間に知らせる方法もあります。講演という方法もあります。インターネットという方法もあります。市民運動や選挙の対応などという方法もあります。そのためには、市民が事実を知ることが大前提となります。事実を知らせたいとの思いで、これを書いています。市民運動や国民運動においては、正しい情報の取得が何より大事なこととなります。奥州市民にこの判決内容を知ってもらうことは、大事なことなのです。「原告住民敗訴」という新聞の見出しだけに止めてはならないのです。
人の行動は、連続しています。その連続してなされた行動の一部だけを切り取って、そこに至った経過を無視して、評価することなど無意味です。
この判決は、問題を、「奥州市が買い取った本件土地に埋設されてあった廃棄物の撤去費用を奥州市が支払ったことは、違法かどうか」というワンポイントに絞って、それが形式的に違法と言えるかどうかだけ審理し、その土地がどのような経過で奥州市の所有になったか、奥州市は事前に本件土地に建設廃材が埋設されていたことを知ることはできたのに、市が埋設物撤去費用を負担するという通常はやらない、世間では通常しないような覚書を交わした結果、市が処理費用の支払をしなければならなくなったという経過については、暗に認定しながらも、それは審理の対象外と決め付けて、誤審するに至ったものです。
法理論ばかりに気をとられ、一般通常人の感覚や世間の常識を捨て去り、判断を歪めてしまい、誤審したのです。
「田舎弁護士の大衆法律学 岩手県奥州市の2つの住民訴訟」(株式会社エムジェエム)本体2000円+税 発売中!
お問い合わせは 株式会社エムジェエム出版部(TEL0191-23-8960 FAX0191-23-8950)まで。
◇千田實弁護士の本
※ご注文は下記リンクのFAX購買申込書から。