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 既に7年前の話になるが、新任裁判官辞令交付式での最高裁長官の訓示での一言が、朝日新聞で報道され、ちょっとした物議を醸したことがあった。当時の町田顯長官のこの発言である。

 「上級審の動向や裁判所の顔色ばかりうかがう『ヒラメ裁判官』がいると言われる。私はそんな人はいないと思うが、少なくとも全く歓迎していない」

 当時、取材した最高裁広報課は、この訓示について、「確認していない」という素っ気ない対応で、正確な裏はとれていないが、これが事実とすれば、相当異例な発言ということで話題となるのも当然だった。

 この世界を見てくれば、「ヒラメ裁判官」という言葉を耳にするのは、一度や二度のことではないが、最高裁事務総局支配に従属する裁判官をかなり露骨に揶揄したととれる表現だけに、本来ならば、裁判所当局としては、引用などあり得ない、言語道断といった扱いである。

 ある意味、話題となったのが、町田長官の辞令交付式での発言でよかったともいえる。仮に日弁連会長の新人弁護士へのあいさつでこの表現を使っていたらただでは済まない。最高裁事務総局が血相を変えて、『現場の裁判官を傷付ける発言だ』と抗議しているところである。

 長官の真意は当時もはっきりは分からなかった。「私はそんな人はいないと思う」と一応否定し、言われているような「ヒラメ裁判官」が存在すると誤解している新人に、心得違いがないようにクギをさした、ととれなくはない。

 しかし、あえてこの表現を引用し、「少なくとも全く歓迎していない」と続く文脈は、この発言へのそれ以上の深読みを当然許す結果となった。事実、当時あるテレビコメンテーターは、こんな言い方でこの表現に対して、突っ込みをいれていた。

 「支配してきた事務総局もヒラメができすぎて、困っているのでは」

 この「ヒラメ裁判官」という文字が、元裁判官で、裁判員制度批判の論陣を張られていることでも知られる西野喜一・新潟大学大学院実務法学研究科教授が最近出された著書「司法制度改革原論」(悠々社)の中て゜取り上げられている。

 「今や最高裁長官の訓示にまで『ヒラメ裁判官』という言葉が出る時代であるが、それは最高裁が半世紀以上をかけて、そういう裁判官、そういう裁判所、そういう裁判所の空気を作ってきたからである」

 西野教授は、官僚的裁判官の構造的短所として分析しています。官僚社会では登るべき階段構造が明確に構成されるため、栄官顕職とそうでない職がとか出来上がっていく結果、一般的な傾向として独立の気風が薄れ、誰しもが人事権者の意向、組織の中での自分の位置に敏感になり、人事権者の意を迎え入れようとする感覚が醸成される。官僚組織の立ち位置を良くしたいということが優先されがちとなり、それに主要な意識とエネルギーが向けられる――と。これが「ヒラメ裁判官」の誕生と精神構造である。

 同教授は、裁判官のこういう立場では、「違憲立法審査権が実質的に機能することは余り期待できない」としていますが、こうした現状での最高裁と現在の裁判官について、さらに次のような鋭い指摘をしている。

 「今の最高裁にとって個別の裁判官は自在に動かせるただの手駒に過ぎないし、個別の裁判官はそういう環境の中でそういう思想に慣れ過ぎた結果、国権の三分の一を支える司法官であるとの誇りを忘れ、無意識のうちにも、所詮ただの駒である、労働力である、小役人であるとの意識が刷り込まれ、その結果、人間としての弱さが出ても(例えば、児童買春やストーカー行為)仕方がないのだという傾向に道を開いてしまったのではないだろうか」

 彼は、この傾向を改めるためには、最高裁による、裁判官、特に若い人に対する司法官としての誇りを持たせるような教育・研修、有能で個性的な裁判官の尊重、栄官顕職とそうでない職の差縮小の必要性を挙げている。

 さて、7年前の長官発言以来、マスコミがこの「ヒラメ裁判官」を大きく扱うようなことはなく、もちろんその後、変った二人の長官の訓示にもこの言葉が登場しているわけでもない。しかし7年前に「できすぎた」といわれた「ヒラメ」が減少したという話も聞こえてこない。官僚組織の海底深く、じっと上を見ながら、淡々と事件処理をしている裁判官たちがいるということだろう。

 今回の「改革」のなかで、弁護士に比べて格段に注目されずにきたといわれる裁判官制度改革にあって、この「改革」見直しの機運が出始めているなか、果たして西野教授が指摘するような裁判所の大きな体質改善につながるような課題は、今後、直視されることがあるのだろうか。



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