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 放火殺人事件の裁判員裁判に関与した裁判員の量刑をめぐる苦悩に、産経新聞がスポットを当てている(「『食欲なくなり、涙出た』裁判員裁判の制度から15年 判決後のSNS上の誹謗中傷、命の重みへの苦悩…」)。

 「小学生の兄弟が犠牲となり、検察側は死刑を求刑したが判決は懲役30年。SNS上などではこの量刑に対し、『軽すぎる』などの批判的な意見も散見された」

 「極刑か死刑回避か。裁判員には、兄弟と被告、双方の命の重みがのしかかった。判決後、裁判員や補充裁判員ら計7人が記者会見に臨み、そのうちの1人は『食欲がなくなり、涙が出たり、眠れなかったりする日もあった』と重圧を吐露した」

 「SNS上の批判的な声に、落胆したり反論したりする裁判員もいた。裁判官や自身らに対する誹謗中傷とも取れる意見があったと指摘したある裁判員は、『嫌な思いになった』と肩を落とした」

 ともすれば裁判員による裁判関与を、「良い経験」として、社会に共有させようとする方向の話が多い中で、この苦悩の現実を取り上げてこと、そのものには意味がある。しかし、これを施行15年を経て浮かび上がった制度の課題とする、この記事の結論は、もっぱらSMSでの批判を懸念し、「もし自分が裁判員だったら――。裁判員に対する発言は、判決を導く裏側にまで思いをはせたものであってほしい」と述べるだけの、およそ制度の本質的問題に踏み込もうとはしないものであった。

 もし、ここでスポットが当てられた裁判員の苦悩から、施行15年の制度の課題を直視しようとするのであれば、少なくとも次の2点は見逃せないはずだ。

 一つは、裁判員の量刑関与の問題だ。裁判員制度は諸外国の市民の司法参加とは異なり、事実認定だけでなく、あえて量刑まで市民に関与させる設計になっている。しかし、これは実は制度にとって、かなり重大な問題でありながら、なぜか制度導入に当たり、その是非が根本的に問われたのか疑わしい。

 結論からいえば、裁判員制度の謳い文句である「市民感覚の反映」一辺倒で、そもそも量刑がその「市民感覚」に馴染むのかという議論が徹底的に行われなかった。量刑判断には、刑罰権の本質・目的への理解や踏まえるべき情状事実、刑の均衡といった、刑事政策への知見や経験に裏付けられた専門的判断が求められる。そのことを百も承知であるはずの裁判所、裁判官が、なお、この制度を容認したことをどう考えるべきだろうか。

 専門家である裁判官が、市民と共にともに裁くということが、この制度の特色として強調されてきた。その意味で、前記現実を越える発想は二つしか考えられない。「共に」としながらも、量刑に関してはあくまで現実的実質的主導権は職業裁判官にあるとするか、それとも前記量刑判断の現実を無視し、量刑においても、市民が「感覚」で結論を出すことを容認するか、である。

 前者であれば、そもそも制度があえて市民に量刑まで関与させる意味はないし、後者であれば、前記量刑判断の在り方の根本を歪め、裁判員の「感覚」による量刑の「暴走」が生じることにもなりかねない。この看過され、積み残された課題が、制度の現実には横たわっている。

 もう一つは、職業的自覚の問題だ。職業裁判官はいうまでもなく、そもそも職業選択においても訓練においても経験においても、職業的自覚のもとに裁判に望んでおり、無作為に市民から選ばれた裁判員たちにそれを求めることは、およそ不可能であることは明らかだった。彼らにうるのは、制度推進側が繰り返し唱えた、制度の「意義」や抽象的な「やりがい」によって、かろうじて形づくられた「興味」と「やる気」だけであるといっていい。

 制度に市民を参加させたいあまり、「それで十分」「大丈夫」「あなたにもできる」とばかり、「裁く」という行為のハードルを下げて導入にこぎつけたのか、この裁判員制度なのである。SNS上の批判にしても、むしろ、こうした場面になれば、より鮮明に職業的自覚と裁判員の自覚の違いが現れてしまうという現実を、私たちは今、見ているのではないか。

 刺激的な証拠写真を裁判員に見せるかどうかという問題にも共通するが、「食欲がなくなり、涙が出たり、眠れなかったり」ということによる戸惑いは、刑事裁判でのあるべき結論を導くために、あるいはそれを優先させるためには、許されないという厳しい職業的自覚が求められるということを、このエピソードは物語っているというべきだ。

 この二点は、いわば根本的に問われるべきでありながら問われなかった、裁判員制度の無理であるといえる。このことが浮き彫りになっている、今回の記事の中の裁判員の苦悩でありながら、もっぱらネット民への配慮を求めることで、なんとかしようとするようなこの記事の結論は、やはり施行15年の制度の現実に向き合っているとは言い難い。



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