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 この国では、ある種の「正論」が、なぜか、本来、問題視されていい「効果」を問われない形で、まかり通ってしまう。別の言い方をすれば、その「正論」は、繰り出す側の別の意図を覆い隠す、もしくは時として、問題視そのものを封じる役割を果たしているように見えてしまうのだ。

 以前も書いた「自己責任」論は、まさしくそれである。自己が負うべき責任か否かは、いうまでもなく本来、正当性、妥当性が問われるテーマである。さらに、他者が相手の「自己責任」を主張するのは、同時に他者側の「自己責任」の転嫁となり得る。

 ところが、権力者が繰り出すそれは、社会の多数派が、それを争うことなく、「自己責任」として受けとめる多数派を形成するという十分なヨミをもって繰り出されている。有り体に言えば、「自己責任」という言葉そのものが持つ「正論」イメージの前に、責任転嫁の不当性を追及するより先に、「自分で判断するという形は仕方がないか」と、多数派が物分かりよく納得するだろうというヨミである。

 ワクチン接種を含め、コロナ対策では、専門家の知見をもとに、国が方向性を提示しながら、最終的にその「責任を負う」という姿勢は徹頭徹尾回避し、国民の「自己判断」と最後まで付け加えた。結局、ワクチン接種やマスク着用の効果について、専門家の意見を聞いてきたはずの国が、どこまでが医学的根拠に基づき自信をもって国民に推奨してきたものだったのか、結局、うやむやなものになって終わったようにすらとれるのである(「『自己責任』論の『しもべ』」)。

 この「自己責任」論と、実は同様の手法と「効果」があるようにとれる「正論」としてまかり通っているのが、「政治的中立性」である。このテーマを取り上げた6月24日付け朝日新聞朝刊オピニオン面「耕論」で、憲法学者の江島晶子氏は、この概念が不用意に使われることによる委縮効果によって、民主主義にとって大切な言論空間の多様性が損なわれる危険性を指摘したうえで、次のように日本の現状を的確に述べている。

 「日本では、政治的中立というと、政治的意見を持たないことだと受け止められがちです。『政治に関心がありません』という人がいますが、それも政治にコミットしないという一つの立場です。消極的にせよ政治の現状を支持する効果を有します。政治的意見を持たないから中立になるわけではありません」

 これがまさしく、この概念によって、ある種の意図を達成しようとする側のヨミにつながっているようにとれる部分だ。国民の中にある政治的志向・傾斜を、この「正論」によって阻害できる、というよりも、江島氏の言うような本質を意識する前に、「中立」の名の下に、物分かりのいい多数派が、彼らに自らに都合が悪い政治性を帯びないでいてくれる、と。

 しかも、その結果は、現状維持・支持の「政治的」効果を、有権者である国民のいわば無意識のうちに生み出してくれる。誠に与党政治家にとって、都合がいい。この多数の無意識は、もはや特定の政治勢力としての大衆のシンパシーを必要とせず、強い積極的不支持が多数派を形成するまでに至らない限り、「無関心」のままでも十分彼らにとって価値あるものになるのである。

 「宗教的」であることも同様だが、現代日本には「政治的」であることへの、タブーに近い感覚も社会の中には存在する。信教の自由も、思想・信条の自由も存在する国で、奇妙なことに、「宗教的」(あえていえば、神社仏閣に詣でて現世ご利益を求めるなどの慣習以上の信仰を持つこと)、特定の政治思想からのアプローチを含めた「政治的」関心を持つことは、何かそれだけで、「偏った人間」ととる、もしくはとられることを怖れるような風潮がみられる。

 江島氏が指摘するような、社会の中の「政治的中立」=「政治的意見もたない」=「政治的無関心」という成り立たない読み変えと、その肯定が、それこそ特定の政治的思惑をもった側の利になっている構図があるのである。

 江島氏は、公務員に法律上課されている一定の政治的行為の制限についても、あくまで一定の政治的行為を行うなと定めたものであって、「政治的意見を持つな」ということではなく、外見上の政治的中立性を過度に要求することは問題としてクギを刺している。

 ましてそうした制約のないはずの一般国民に対して、それが「政治的意見を持つな」に読み変えられてしまう「中立性」が掲げられること、それからはみ出ているということを、許されざる「偏り」のようになる現実こそ、この国の民主主義とそれを支える多様性にとってマイナスでしかないことに、私たちの社会はもっと自覚的であるべきだと思えてならない。

  繰り出される「正論」の意図を疑わない、彼らのヨミを読み取らない、物分かりのいい国民でいることの危うさに気付くべきである。



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