〈恣意的な会則適用を招く危険〉
(以下、上告理由書引用の続き)
第6 加えて上告人の主張する、東京司法書士会会則110条中の「品位を欠く広告をしてはならない」という無効な規定に対する法務大臣の認可処分の違法についてみれば、最高裁判所(昭和59年12月12日大法廷判決)税関検査事件についての、最高裁裁判所判例解説 民事編 昭和59年度版496ページ、新村正人氏の解説によると、「法律の規定の文言が漠然不明確であって、どのような行為が規制の対象になっているのかが一義的に明らかでない場合には、当該規定は不明確のゆえに文面上違憲無効」であるとされている。
とすると、会則の規制の対象である「品位を欠く広告」とは一体いかなるものであるのか、この「品位を欠く広告」という文言だけで、どのような広告行為が、「規制の対象になっているのかが一義的に明らか」であると言えるのか。新村正人氏は文面上違憲無効とされる場合の根拠として、「明確性を欠く法律の規定は、国民に対して、どのような行為が規制の対象となるかについての適正な告知をなしえず、また恣意的な法適用を招く危険があるというにある」としている。
本件に則して言えば《明確性を欠く法務大臣認可の会則規定は、司法書士会会員に対して、どのような行為が規制の対象となるかについての適正な告知をなしえず、また執行部による恣意的な会則適用を招く危険がある》ということになる。特に本件におけるように、強制加入団体内部においての自治規範である会則についての執行部の運用については、法務大臣の適正な認可、処分がなければ執行部の作成する司法書士にとっては法律に代わる役割をする会則や規則等の、恣意的な運用が可能とされることになり、司法書士会員の、国民としての人権が、簡単に侵害される恐れがある。
一方、「立法技術上規制対象を完全に特定化することは困難であり、ある程度の不明確性は多くの場合避けられない」とも新村氏は述べ、それを認めた上で、規制対象は「明確なものと不明確なものとは、しかく戴然と区別されうるわけではなく・・・このようなものについて最終的に明確かどうかを判断するにあたっては、その規定につき、より明確な立法をすることが可能かどうか、が重要な意味を持つ。」とされる。本件の場合であれば、「品位を欠く広告」を、例えば司法書士は、「債務整理の受任をせずに単独の残高調査業務の誘致勧誘を行ってはいけない」といったように、禁止しようとする行為が、規制の対象者である一般司法書士にとって、明示的で明白な規定に見えるように、変えられるかどうか、その様な余地、選択可能性があるのか、あればその様に工夫し規制対象を明記すればよいのであるから、当該規定は、不要でもあり、文面上無効とされると新村氏は解説されている。
よって、法務大臣が司法書士法64条により、東京司法書士会会則101条「会員は、虚偽もしくは誇大な広告又は品位を欠く広告をしてはならない」という規定中の、「品位を欠く広告をしてはならない」という規定は文面上無効であって、この無効な会則部分を認可した法務大臣の処分は、憲法21条1項、憲法31条に違反し、その認可無効の会則を根拠として東京司法書士会総会が制定した東京司法書士会規範規則第3条(6)「司法書士の品位又は信用を損なう怖れのある広告」規定も、当然に無効であり、それを根拠とした本件注意勧告も又無効であるということになる。
第7 品位、信用、不確定概念が法にもたらす弊害
そもそも、法3条業務において品位保持を期待されている司法書士にとって、「品位を欠く広告」とは何か。この「品位を欠く広告」の指示する具体的内容を直ちに示すことのできる人はいるのであろうか。
司法書士は、平成10年9月に、公正取引委員会の司法書士実態調査を受けその後勧告を受けた(そのレポートは公正取引委員会のホームページで「司法書士・行政書士の広告規制等の実態調査」を検索すれば今日でも公開されている)。その公正取引委員会の勧告調査が日本司法書士連合会に実施されるまでは、司法書士界においては、依頼人への法3条業務の広告宣伝誘致そのものが品位を欠くと思われており、生計のために必死に依頼人や事件を誘致し、営業に励む新人司法書士たちは「事件漁り」の強欲司法書士、品位に欠ける司法書士の見本として既存会員から嘲笑されていた。その反面、新人や若者に仕事を奪われることを心配する同業者内では、「事件漁り」「縄張り荒らし」をする者がうわさや非難の対象となってきたのである。普通の市民が知らない「事件漁り」というジャーゴンを、上告人は、本件訴訟の弁論過程で、久しぶりに聞いた。そのような営業活動、競争抑圧の体制は、強制会という資格者団体に、いまだに業務独占からくる競争回避体質として残っているのだろう。それは法律業界周知のことである。
平成10年9月の、公正取引委員会の司法書士実態調査(公正取引委員会のホームページ「司法書士・行政書士の広告規制等の実態調査」)の結果は以下のようにその実態を報告している。
「3 競争政策上の評価 (1)広告規制 ア 基本的な考え方 一般に、事業者団体が構成事業者の表示・広告について、その内容、媒体、回数等を限定する等、消費者の正しい商品選択に資する情報の提供に制限を加えるような自主規制等を行うことは、独占禁止法違反となるおそれがある。司法書士制度は国民の権利の保全に寄与することを目的として、行政書士制度は国民の利便に資することを目的として、それぞれ司法書士法及び行政書士法により設けられた制度であり、広範な自主規制権限を与えられた司法書士会等及び行政書士会等が、品位の保持に関する法律上の規定を根拠に、司法書士又は行政書士が行う広告・宣伝活動の内容に対して一定の制限を設けることは否定されるものではない。しかし、このような団体であっても、事業者である会員の事業活動を過度に制限するような場合には、独占禁止法上の問題を生ずるおそれがある。
イ 司法書士会等による広告規制について
一部の司法書士会においては、会員の行う広告・宣伝活動に関し、広告媒体、回数、記載内容について、およそ品位の保持という目的により正当化されるとは考えられない過度な規制を課しており、このような行為は、独占禁止法違反となるおそれがある。また、司法書士会等が強制加入団体であり、団体への加入によって初めて事業活動が可能となることにかんがみれば、広告の内容などについて品位保持等の観点から一定の制限を設ける場合においても、事業者間の競争を阻害することのないよう十分に注意し、かつ、透明な運用を図ることが強く望まれる。以上の観点から、当委員会は、日司連に対して、上記の考え方を説明するとともに、現在一部の司法書士会において定められている広告・宣伝活動を過度に制限する自主基準については、それぞれ廃止するか、又は品位の保持という目的上必要最小限のものとし、かつ、競争政策上問題のないものに改めるべき旨を、上記の考え方とともに傘下各司法書士会に周知するよう要請を行った」
調査の結果、公正取引委員会からは上記のような勧告が日司連に対し行われたが、この勧告後、司法書士会では、本件のように、抽象的な規範を立て、その運用と解釈によって、広告・宣伝活動を細かく規制する巧妙な方法が用いられるようになった。
司法書士会会則101条「会員は、虚偽もしくは誇大な広告又は品位を欠く広告をしてはならない」、このような規定は、弁護士会他の資格者団体の広告規制には、競争抑圧の歴史を背負うかのように、どこの資格者団体にもある。そして、それぞれに属す会員のほとんどが悩んでしまうのが、「虚偽もしくは誇大」という規定は別として、「品位を欠く広告」についてである。これについて、これはいったい何を指示している広告なのか、どのように対応すればよいのかとすっかり思案に暮れてしまうのである。