司法書士にとって、憲法と人権問題を自らの切迫した問題と自覚し、その問題が今なぜ問われなければならないか、その意味を知ることを求められるのは何故か、これを理解し、会員倫理研修に先立って人権教育、憲法訴訟の研修をまず実行すべきであるのは何故か。このことを論じるために前回以前では、強制会制度の問題から行政手続法の処分問題にも触れようとしてきた。
その目的は、実は、成年後見制度の運用と理解の核心に、人権の柱である個人の尊厳があるということに対する司法書士その他法律専門職の鈍感さを指摘することにあった。日本の成年後見制度、無能力者に対する保護の在り方について国連から批判があったことは周知の通りである。以下、これにつき論ずることにするが、まずその前に、閑話休題、日本の高齢者、高齢化について述べてみたい。
〈百寿者の多幸福感について〉
司法書士向けに編集出版されている「市民と法」(発行 民事法研究会)4月号に、司法書士の裁判事務特集が掲載されている。そこに松永六郎司法書士の「これからの司法書士のために」という東京大田支部での講演録(平成25年10月29日開催)が掲載されていた。
この講演録は松永氏の引退宣言も兼ねていた。引退の理由は「私は(平成25年)11月14日で満85歳になります。この間透析を17年続けてまいりましたが・・・(そして)10年間インスリンを打っております。それに加えて2年前に今度は、前立腺ガンになりました。・・・とにかく心身の限界であるということであります」ということで引退を決意されたということだが、未だにかくしゃくたるものではないか。群馬義捐金訴訟の原告小林さんも88歳で元気で未だに現役で健闘されているということだが、いよいよ、人生90歳時代どころか100歳時代がやって来る。
私も今年7月に70歳、古希を迎えることになったが最近になってやっと老化ということが気になり始めた。60歳代の頃は老化など全く気にならず、満70歳になってからも高齢者となった実感はもてず、ただ死が近くなったという気持ちが心に去来するようになった。私が糖尿病になったのは60歳半ばからで、医療技術の発展を信用して糖尿病そのものについては、それほど危機感はもたなかった。以来、インシュリンは打たずにビクトーザという新薬を打っているが、ヘモグロビンA1Cは6前後をキープしている。しかし、満70歳になって3か月後、高齢者の8割は罹患するという腰痛になってしまった。
5年前にも腰痛になったことがあるが、その原因は足に重りをつけて多摩川土手ウオーキングをしたためである。しかしいつの間にか自然治癒してしまった。ところが今回は、夏に那須に避暑に行って以来一向に良くならない。MRIで検査した結果によると、椎間板がずれていてそれが神経を刺激するのだという。この椎間板のずれ、肋骨の一部擦り減りは明らかに老化によるものだ。自己診断によると、コレステロール沈着による動脈硬化もあって血液の循環が悪くなっているのだ。毎月1回の血液検査で、ヘモグロビンA1Cばかり注意して、ウオーキングをし糖分抑制食事をしていたら、いつの間にかこの1年、中性脂肪とガンマGTP、さらに尿酸値まで上がってしまっていた。
何故、中性脂肪とガンマGTPが上がったかと言えば、昼間のランチタイムにはカンパリをロックで一杯、夜は焼酎をオンザロックで5~6杯も飲んでいたから当然だが、尿酸値まで上がっていて医者に注意されてもやめなかったその結果というしかない。これも実は老化の兆しのあれわれなのだ。我が儘になり意志が弱くなる・・つまり老化である。この酒と、動脈硬化が肋間神経痛を引き起こしているのである。
強力な痛み止めを飲むと、眠気がして来て、脳から集中力が失われる。本を読んでも記憶に定着しない。そして、観念のモザイクを論理的に組み立てることも面倒になってしまう。このような経験は生まれて初めてのことだ。以来、総選挙や日本政治のことよりも、自分の老化との戦いの方が余程の重大事になって来た。
アベノセイジとアベノミックスの結果にはさほど心配はしていない。人口や家族構成や実際の資源分配といった、日本人意識の外側に存在する(外国も含めて)ことが日本社会の明日を決める。アベノセイジやアベノミックスがやがてもたらす混乱も、この法則に従う。人民大衆も知識人もこの法則に従う。原理原則ではなくなりゆき法則に従うという、東京都民、東北県民他、この四つの島国(沖縄除く)に生きる日本人の習性は、明治以来、いや古来からそうだったのではないか。